『けいおん!』アプリ化で特別損失の闇

フジサンケイの「万骨」 1

『けいおん!』アプリ化で特別損失の闇

東京・お台場のランドマークだった球形展望室の「はちたま」が、夜目には場末のキャバレーのミラーボールに見える。1997年にオープンして四半世紀、フジサンケイグループの牙城がすっかり色あせた。君臨するのは相変わらず“天皇”日枝久代表。すでに86歳、老害天国と言われて久しい。視聴率低下で株価も見放されて民放キー局ではどん尻、アクティビストが株主に登場したうえ、足元では「クリエーターの乱」に火がついた。それでも、経営陣は責任棚上げで「キシダる」ばかり。明日はあるのか。=同時進行連載、初回は全文無料

 

クリエーターの乱 1

 

その訴状は3月27日、東京地裁民事部が受理した。被告になったのは、フジテレビなどを傘下に持つフジ・メディア・ホールディングス(FMH)の100%子会社で、大手映像・音楽メーカーの「ポニーキャニオン」とその社長である吉村隆氏である。会社には4月8日に送達された。

原告は同社元経営本部長の吉田周作氏。吉村社長の非違行為を指摘してコンプライアンスの是正を求めていたところ、22年の業績評価を恣意的に低くされ、経営本部長のポストを剝奪されて降格されたことに対し589万円の賠償を求めたものだ。在職中の執行役員が現役の社長を訴えるという異例のケースとなった。

事件番号は令和6年(ワ)第7826号、民事31部担当と決まり、被告側の代理人(長島・大野・常松法律事務所)は、原告の請求をすべて拒否し、全面的に争うと書面で回答したが、4月26日に東京地裁616号法廷で行われた初回期日に欠席、原告側の要請に「次回以降は合議制への移行を検討する」と近藤紗世裁判官が答えたのを聞き漏らした。

ポニーキャニオンに訴訟の嵐

が、それだけではなかった。吉田氏と同日の3月27日付で東京地裁民事部に、同社のマーケティングクリエイティヴ本部に所属していた元社員であり、現在は子会社のEMP社員である鄭淇輿氏が、上司のパワハラを受けて十二指腸潰瘍となり、退職を余儀なくされたことに対し220万円の損害賠償を求めて訴状を提出した。被告は同社と、鄭氏の上司だった今井一成本部長である。

ポニーキャニオンのロゴと本社看板

そこに追い討ちをかけるように、同社のアニメクリエイティヴ制作1部部長だった伊藤裕史氏(2023年12月退社)が、未払賃金請求の訴状を東京地裁民事部に提出した。被告は会社と吉村社長、そして法務担当常務、深町徳子氏である。

伊藤氏は、和久井健原作の半グレ漫画『東京リベンジャーズ』のテレビアニメ化で大ヒットを飛ばし、ほかに人気作『グリッドマン』や『オッドタクシー』などを数々手掛けた知る人ぞ知るエースのプロデューサーだった。その彼がなぜ退社し、会社相手に訴訟を起こす羽目になったのか。

この3人とも共通しているのは、クリエーター・サイドに立ったがゆえに、既得権に安住したいだけの経営陣の機嫌を損ね、石もて追われるごとく退社もしくは降格に追い込まれたことだ。そこにポニーキャニオン、いや視聴率低迷に喘ぐフジテレビなどFMHグループ全体の深い病根が隠れている。

2005年のライブドアの挑戦を退けて以来、日枝代表は「特捜部の立件でもう二度とホリエモンのような闖入者ちんにゆうしやは現れまい」と見たのか、枕を高くしていたが、コンテンツそっちのけの幹部たちの足元で、コンクリートを齧るネズミのごとく「クリエーターの乱」、あるいは「東府中リベンジャーズ」の火の手があがったのだ。

この民事訴訟3連発、そのうえポニーキャニオン専属のシンガー・ソングライター、aikoの事務所から1億円以上を横領したとして、特別背任容疑で23年2月20日に逮捕された同社の元ミュージッククリエイティヴ本部長(執行役員)、千葉篤史容疑者の刑事裁判も近く始まるのではないか。千葉容疑者は逮捕から1年2カ月以上を経た現在まで保釈が認められていないようで、拘置中のまま初公判を迎えることになるはず。ここまで時間がかかっているということは、容疑を認めていないと思われ、全面否認して争う姿勢であることも考えられる。

一連の訴訟の嵐は否応なく、ポニーキャニオンを含むFMHのコンプライアンスに世間の目が集まる。クリエーターにとって、この会社はいつから「ブラック」になったのか――。

ゲーム製作契約を見切り発車

aikoのニューシングル「相思相愛」が、4月公開の劇場版『名探偵コナン 100万ドルの五稜星みちしるべ』の主題曲になったように、いまやアニメと音楽のコラボは切っても切り離せないポニーキャニオンのビジネスの柱だ。音楽CDなどパッケージ製品の売り上げが落ちてきて、「代わりに稼ぐ手立てを考えろ」と吉村社長がハッパをかけたため、浮かんだのが京都アニメーションと共同製作したアニメ『けいおん!』のアプリ化(ゲーム化)企画だったが、そこで重大トラブルが発生した。

大ヒットを記録したアニメ『けいおん!』のゲーム化に京アニは難色(TBS公式サイトより)

『けいおん!』は廃部寸前の女子高の軽音楽部を生き返らせるストーリーで、もとは芳文社のコミック誌に四コマ漫画として掲載されていたが、2009年からTBS系で深夜帯アニメとして放映され、爆発的な人気を呼んだ。第2期は全国28局で放映され、オープニング曲やエンディング曲がオリコン1、2位を占めたほか、キャラクター商品やお菓子などのグッズも150億円を売り上げたという。

『けいおん!』製作委員会に加わったポニーキャニオンにとっては、大当たりとなった作品である。アニメクリエイティヴ本部副本部長の中村伸一氏が担当だったが、それをゲームにしてアプリ化しようと発案したのは伊藤氏だった。2017年9月ごろに、ソーシャルゲームの大手、GREEに提案し、コンテンツ開発責任者だった古川こがわ陽子常務(21年に専務に昇格)がゴーサインを出して、18年3月からGREEがプレゼン用のデモ版の製作を開始した。

が、放映10周年の19年9月に間に合わせるため、著作権者の許諾作業に先立ってアプリ開発を見切り発車させたことが、後日祟ってくる。発案者の伊藤氏は18年6月、法務本部長だった深町氏を「うちの法の番人です」とGREEに紹介、契約内容を詰める交渉は法務に任せた。

法務本部は、アニメ化製作委員会の3社(放映したTBS、原作者の芳文社、アニメを製作した京アニ)があとから加わるものと想定し、正式の許諾確認をせずにGREEと交渉を進め、総製作費8億円、出資はGREEが50%、ポニーキャニオン50%として8月2日に稟議決裁した。本来の担当である中村氏は、著作権の窓口となっていたTBSに芳文社、京アニとの交渉を任せていたため、この詳細を把握していなかった。

京アニが提案断り、社長は撤退許さず

京アニを除き、ポニーキャニオン、GREE、TBS、芳文社の4社が顔合わせをしたのが、18年7月末である。吉村社長は、FMHの都市開発部門であるサンケイビルの飯島一暢社長の紹介で、GREEの役員と会食した。さらにアプリを製作するGREEの子会社ライトフライヤー・スタジオの社長らと、吉村社長や古川常務がランチミーティングした。この時期の両社はアプリ開発で蜜月関係だったようで、8月末には製作費の第一弾8000万円がGREEに支払われ、19年11月まで計5回、総額4億円に達している。

ところが、『けいおん!』アニメ化のプロデューサーだったTBSのキーマンが部署異動になり、商品化窓口が宙に浮いた。このため、9月にポニーキャニオンが代わりに京アニに対してデモ版でプレゼンをおこなった。京アニ側は作品の世界観に愛着とこだわりが強く、ゲーム化には興味を示さなかった。提案を断られたポニーキャニオンは、製作費初回の8000万円をすでにGREEに払い込んでいたため、京アニには「中断」と伝え、新しい条件を提案する別の機会をうかがうことにした。

梯子を外されたポニーキャニオンに、TBSのキーマンから「京アニとの関係を今後も維持したければ、この案件はストップすべきだ」との忠告を受けた。しかし古川常務は「ローンチ以外に道はない」と撤退を拒んだ。「この企画は現場がぜひやりたいというから、リスクが高くてもOKした」と吉村社長からも言われており、GREEも開発を中断せず、契約に従い続行していたので「GREEにも迷惑はかけられない」というのが理由だった。

2019年に六本木1丁目に引っ越したポニーキャニオン本社ビル(Wikipediaより)

しかし肝心の京アニが抜けたので18年10月、TBSが正式に撤退を表明した。芳文社も当初は前向きだったが、ポニーキャニオンの提示した出資比率が2.5%と低く、原作者を軽んじていると不信感を募らせていた。古川常務の厳命で中村副本部長が何とか実現にこぎつけようとしたが不調で、同年12月には副本部長自ら古川氏に「1.6億円(2回分のGREEへの支払額合計)の責任はとるので企画を撤回したい」と提案した。

それでも、社内でアニメ事業をゼロから起ち上げ、育てあげてきた古川常務は「撤退は許されない」という姿勢を崩さなかった。2016年にも吉村社長からアニメ担当を1年間外されたことがあり、それがトラウマになっていたとみられる。吉村社長には「〔GREE役員を紹介してくれた〕サンケイビル飯島社長に顔向けできない。俺の顔に泥を塗るのか。京アニと関係が切れてもいいからリリースしろ。できなかったら、ただでは済まない。懲戒処分だ」と言われていたという。

放火事件で減損処理を渋々決断

アニメクリエイティヴ本部は、笹木孝弘本部長、中村副本部長、伊藤マネージャーが窮していた。当初、「許諾は何とかなるだろう」と甘く見たのが勇み足だったかもしれないが、この期に及んでメンツにこだわって撤退を許さない経営陣が、引き返しの時機を見誤らせたと思われる。ここから『けいおん!』アプリの勝算なきインパール作戦――現場の初動ミスを司令部が抜き差しならぬ泥沼に増幅させるプロセスが始まった。

19年年明け以降、不安を覚えたのか、GREE側から「社長にぜひご面談したい」との申し入れがあったが、吉村社長が体よく逃げたため、古川常務がGREE上級執行役員、井坂友之氏に会って「現場には必ずローンチ(販売開始)せよと指示を出している」と述べた。これをGREE側は「製作継続の了承をもらった」と受け止めた。

これでポニーキャニオンの現場組は、製作費の払い込みが順次進んで損失が膨らんでいく状況を、ただ指をくわえて見るしかなくなった。アプリのリリースが遅れれば、追加製作費がかさむので、とにかくローンチさえすればと、ポニーキャニオンの利益をGREEや京アニに付け替えて繋ぎとめる案まで検討された。

19年7月17日、一度白紙に戻して、再度企画を立ち上げる話し合いをしたい、と改めて京アニに申し入れた。ところが、翌18日に京都伏見区の京アニのスタジオが放火され、36人が死ぬ大惨事が起きた(犯人の青葉真司被告は大火傷を負い、24年1月25日に京都地裁で死刑判決が下った)。京アニは機能がマヒ、GREEはポニーキャニオンから中止の申し入れがないことを理由に製作を続行、企画は袋小路に陥った。

19年7月18日、放火で黒煙をあげる京アニのスタジオ
難航していた『けいおん!』ゲーム化は望み絶たれる

京アニのダメージが大きく、再交渉の見通しも立たず、ポニーキャニオンの20年3月期の業績に余裕があったこともあって、同4月初旬、ようやく吉村社長の指示で、GREEに払い込み済みの4億円(ソフトウエア仮勘定)の減損処理を決定した。

にもかかわらず、アニメクリエイティヴ本部には、吉村社長が古川常務や深町取締役(19年に執行役員から昇格)を通じて「必ずリリースしろ。できなければ懲罰だ」「毎朝、先方に出向いて土下座してこい」などの圧力をかけ続けた。京アニは中村氏の困り果てた様子を察して、一時、リリースを承諾するところまで歩み寄ったが、芳文社の交渉拒絶が決定打となり、20年9月、ポニーキャニオンは、常勤役員だけで構成する常務会で撤退(リリース中止)とGREEへの損害賠償を決めた。

親会社にも知られまいとしたのか、この決定に社外取締役は関わっておらず、GREEとの賠償交渉は「古川常務がいると話し合いにならない」との理由をつけて、吉村、深町氏の役員2人だけで密室で進められた。ポニーキャニオン側の見積もりでは、GREEの損失は7.7億円だったが、GREE側は出資分4億円に、実損12.2億円+機会損失6.2億円を加算して、合計22.4億円と開きがあった。

初回に支払った8000万円の損失を惜しんで撤退を渋ったために、いまやその10倍から28倍もの勘定書を突きつけられたことになる。この密室交渉の詳細は不明で、GREE側からの返答文書は、経理部門にも共有されなかった。このため監査人も減損処理の引当金が決められず、弁護士の見解を質す場面もあったという。2021年3月期決算はもう一度見直すべきだろう。

自分棚上げの「キシダる」処分

懲罰は早かった。GREEに支払う損害賠償額がまだ確定していない21年3月29日付で、賞罰委員会による処分が決まった。

古川陽子専務

・減俸(月額報酬の10%を3カ月間)

笹木孝弘アニメクリエイティヴ本部長

・4月から平均賃金1日分の半額を減給(年間30万円程度)

・期末賞与8割返納(80万円程度)

中村伸一アニメクリエイティヴ副本部長

・4月1日から7営業日の出勤停止

・期末賞与8割返納(80万円程度)

伊藤裕史アニメクリエイティヴ製作1部マネージャー

・降格(マネージャーから平社員へ)

・期末賞与5割返納(40万円程度)

賞与は自主返納とされているが、実際は任意ではなく強制返納だった。しかも単なる減俸から出勤停止、降格と、下へ行くほど重くなっていくように見える。最初からこの4人の処分ありきで動いていた形跡があり、十分な弁明機会が与えられておらず、第三者委員会などの外部の調査も入れていない。

おまけに賞罰委員会の構成は、吉村社長、深町取締役、小榑こぐれ洋史・人事総務本部長の3人だけ。小榑氏は終盤で事務方として加わったため、実質的には吉村、深町氏の2人で決めたとみられる。

撤退提案に耳を貸さなかった社長の責任はもとより、その側近でGREEとの交渉に直に関わっていたにもかかわらず、著作権許諾の確認を怠り、見切り発車で契約した法務担当のトップが、自らを俎上に載せるはずがなかった。しかし不問に付したのがこの2人ではお手盛りとしか見えない。自民党派閥の裏金問題と同じく、トップ自ら姿勢を正さず、ひたすら責任逃れでは「キシダる」と言われても仕方がないだろう。

しかも発表が混乱した。上記4人には3月31日に発表すると通達していたのが、人事部から急に「延期」を告げられた。ふだんから吉村社長の朝令暮改には周辺が振り回されており、この処分も拙速だったことをうかがわせる。4月6日にやっと社内告知、しかも対象者には「弁明や批判を禁ずる」との指示書まで出た。外部に漏らしたら服務規程違反だと言わんばかりに同57条が併記されているが、この指示書自体の代表者印の捺印は、誰かが担当部署をスルーしており、明らかに内務規定違反だった。それにしてもこの問答無用、一切の批判を封じる厳罰姿勢は、いつの時代の暴君かと思わせる。

この代表者印捺印は誰がした?担当部署が知らなかった謎の「指示書」

 

挑戦を煽って、失敗は責任転嫁

最終的にこの件でのポニーキャニオンの特別損失は、20年3月期、21年3月期、22年3月期の3期に分割され、4.3億円、3.7億円、1.4億円の計9.4億円となった。単年度でできるだけ小さい数字にしたかったのだろう。対GREE交渉でどう値切ったのかは一切不明だが、事件の残した傷は数字よりはるかに大きい。同社の予算の3分の1を占めてきたアニメクリエイティヴ本部は、笹木本部長がミュージッククリエイティヴ本部長へ異動になったほか、処分対象4人のうち3人が順次退社した。

コンテンツ担当として吉村社長の矢面に立ってきた古川専務は、22年6月の役員人事で肩書こそ専務(コンテンツ開発責任者)のままだったが、アニメ映像事業本部は取り上げられて大熊一成取締役が担当になり、事実上干された。「何もしまセンムでいろと言われた」と自嘲するくらいだったが、翌23年6月には吉村社長に「顧問で1年残してやる」と言われ、断って退任した。アニメ部門の功労者が、ついに会社を追われた瞬間である。

中村副本部長は「京アニと縁が切れても」と社長に言われたため、同時進行だった京アニ作品の制作――『Free!』『響け! ユーフォニアム』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で板挟みになり、これまでの累計売上高が480億円、利益が150億円と稼がせてもらった京アニとの良好な関係を保とうとして苦慮することになった。結局、22年10月末にポニーキャニオンを退職している。

伊藤氏はマネージャーから平社員に降格され、一時部長に返り咲いたが、所詮は飼いならすための名目に過ぎなかった。じっさいアニメ映像の現場は、経営陣から袋叩きにあって企画などの提案がすっかり萎縮してしまう。見かねて同社法務部弁護士が22年3月19日、内部監査室(古宇田ふるうた隆之助室長)に内部通報した。吉田経営本部長もほぼ同じ時期に、親会社FMHのコンプライアンス推進室(坪田譲治室長)に内部通報している。結局、FMHで両件を一括調査することになり、三浦法律事務所の尾西祥平パートナー、辻勝吾弁護士が請け負った。

しかし伊藤氏ら現場スタッフに対し、両弁護士のインタビューは「リスク管理が甘かった」という現場の“暴走”にフォーカスをあてる内容だった。法務部が見切り発車でGREEと契約した件も、芳文社などにも出資を求めるよう一定の指摘をしていたとして「特に不合理ではなかった」という結論だった。

お台場で行われたFMHの内部通報報告会では、この件では通報者に「問題なし」とする結論が告げられただけで、報告書全文は開示されなかった。ポニーキャニオンの常務会と非常勤役員に対して、元人事担当役員で吉村社長に近い常勤監査役、細字ほそじ慶一氏が個別に説明したが、報告書全文は開示していないようだ。要約だけで済ませたのは、報告書が細部で内務規定違反の指示書を「出すべきではなかった」と指摘していたからではなかったか。寄らしむべし、知らしむべからずのこの姿勢にあきれて、伊藤氏は23年12月末に辞表を提出した。

ただ、『けいおん!』の特損など埋めてオツリがくるほど業績(2年で利益31億円)に貢献しているアニメ『東京リベンジャーズ』は、伊藤氏がプロデュースしただけに、24年1月以降もそのサポートを続けている。にもかかわらず、タダ働きになっていることに知らん顔だという。この仕打ちに対して、未払い賃金を請求する訴訟を4月に起こしたのである。

アニメ版『東京リベンジャーズ』は伊藤氏がプロデュースした(テレビ東京サイトより)

彼らと対照的なのは、社長とともに処分を免れた深町氏で、22年には取締役わずか2年で常務取締役に異例の昇格を遂げ、さらに代表権もついて名実ともに社長の右腕の座を獲得した。

要するに、「新しいことに挑戦しろ、失敗を恐れて挑戦しない奴のほうが問題だ」などと煽っていた経営者が、いざ失敗すると咎をすべて部下に押しつけて保身を図り、異を唱えたら切り捨て、イエスマンばかりで身辺を固める典型に見える。これでは「挑戦したら損をする」と社内に無力感、不信感が強まるばかりだろう。

だが、クリエーター自身がもう我慢できなくなっている。例えば日本テレビが23年10月から10回放映したコミックスの実写ドラマ『セクシー田中さん』で、脚本家による乱暴な書き換えに抵抗した原作の漫画家、芦原妃名子さんが、この1月29日、日光市の川治ダムで遺体となって発見された。木で鼻をくくったような他人事のコメントを発表した日本テレビに、漫画家らの批判が殺到したのは、原作者を一段下にみて、蹂躙も辞さないテレビ局の横暴に、半ば抗議したクリエーターの死と捉えられたからである。

漫画の実写化のトラブルで原作者が死んだ『セクシー田中さん』
(日本テレビ放送網のホームページより)

遅ればせながら、日本テレビは調査委員会を設けたが、クリエーターからアイデアを搾取して、勝手に改作するボッタクリ構造は民放各社とも共通なだけに、どうせ通りいっぺんの改善策でお茶を濁すだけだろう。もはや内部通報や調査委員会はコンプライアンスどころか、社内の口封じに口実を与える道具と化し、形だけの聴取で済ませる大手法律事務所とその弁護士のいい稼ぎ場所になっている。

ファット・キャットを退治する

ポニーキャニオンのケースも根は同じだ。訴訟3連発の確認とともに、訴訟対応などを質すメールを広報に送ったが、5月1日に届いた回答書は「訴状及び証拠について現在精査中であり、いずれの件につきましても、弁護士と相談のうえ、適切に対処して参ります」「訴訟追行にあたり必要な範囲で適切な主張と立証を尽くす予定です」という内容だった。「追行」とは弁護士用語で、広報が丸投げしたことは明らか。ま、受けて立つと言うことだろう。

だが、音楽や映像が好きでこの業界に入った社員を踏みつけにするから、アイデアが枯渇して視聴者に見限られ、放送からネット系へ広告が流れても、なす術もなく惰眠を貪る「ファット・キャット」(太った猫)がはびこる。日本テレビグループばかりでなく、フジサンケイグループにも、クリエーターを食い物にして何も生まない経営者がどれだけいることか。

5月6日午後10時58分から、テレビ東京の「夢遺産」で吉村社長が登場する。どんな顔かご覧になりたい方は見逃し配信のTVersをどうぞ(下線部分をクリックしてください)。「アーティストが夢だった」「心に刻まれた経験がある」「未来は夢でできている」。アハハ、お見事なせりふ。本サイト編集代表の古巣の子会社、テレ東にご出演ありがとうございます。

この吉村社長に経営本部長を解任されたのが、吉田周作氏である。取締役の一歩手前だったのに、なぜ報復人事の標的になったのか。次回はそれを中心に、FMHの暗部を追及しよう。「万骨枯る」ネタはいくらでもある。

(次回につづく)■