精神の「脱獄」とバンクシーの落書き

リーマンの牢獄 【9】後編

精神の「脱獄」とバンクシーの落書き

獄中から心を解き放とうと、大学通信講座に入って、経済学を学び直し、同囚を見る目が変わった。自費購読の新聞を線を引きながら読み、看守が「目的外使用」と強制廃棄。あまりに理不尽と法務大臣宛てに投函した直訴状が、13年間の刑務所暮らしの総決算となった。=有料記事、約1万4900字

 

第9章われ深き淵より〈後編〉

 

――入所から5年経って係という係はすべて経験し尽くしたから、以後は断って孤独と無冠を選んだと言いましたよね。何かを得るには、何かを捨てるしかない。齋藤さんは人間関係を捨てて、何を得ようとしたんですか。

「文字、活字、言語です。実は東京拘置所に収監されたころから、経済学を学び直そうと心に決めていたんです。なぜ経済学かって?山一證券入社以来、金融界に20年もずっと身を置きながら灯台下暗しでした。ここで歴史を振り返りながら経済学をもう一度探求し、付け焼き刃だった原理を学び直し、出所後の将来を考えようと思ったからです。

ヒントは、ちくまプリマー新書に東大大学院経済学研究科の柳川範之教授が書いた『独学という道もある』という本でした。柳川氏も慶應義塾大学通信講座を卒業したんです。僕も2013年に慶大通信講座に学士編入したいと申請し、刑務所の許可を得ました。徳竹氏、竹原氏、佐藤氏の3刑務官の尽力が大きかったと言えます。

受験や面接に出向くわけにいきませんから、入試テストは小論文でした。第一が〈なぜ経済学を選んだか〉を720字、第二は課題図書を選んで論評するもので720字、第三はなぜ慶應かを150字以内で書くのです。僕が選んだ図書は、リフレ派の一人で学習院大学教授から日銀副総裁に就任した岩田規久男氏の『デフレの経済学』でした。デフレ脱却には物価目標を定めた金融緩和しかない、と主張するリフレ派の理論的根拠を知りたかったんです」

――アベノミクスの号砲で、黒田日銀総裁がバズーカを撃ち放った時期ですね。

慶大の通信講座に獄中合格

「ポイントは貨幣論でした。アスクレピオスではゲンキンの綱渡りでしたから、嫌というほど身につまされました。僕自身、独房で考えていたのは、貨幣とは何なのか、貨幣は人間にどういう作用を及ぼし、その貨幣から解放される方法はあるのか、という問いでした。

2014年4月、慶大から合格通知が届き、長野刑務所処遇部門審査会の決定で、受刑生活と学業の両立を図ることになりました(名執矯正局長が法改正に携わった刑事収容施設及び被収容者処遇法第39条2で、刑事施設長に被収容者の余暇時間に援助する義務が課せられたのです)。

入学式こそ出席できませんでしたが、長野刑務所に大量の書籍が送られてきました。ケインズからアダム・スミス、リカード、ワルラス、フリードマン……ら巨人たちの説を読み漁り、日本人では宇沢弘文や岩井克人、佐伯啓思……さらに菅直人政権のブレーンだった大阪大学の小野善康教授の『金融』なども読みました。僕は経済学の言葉に飢えていたんです」

――獄中エコノミストですか?いや、抜き書きしながら、融通無碍な経済学の言葉で刑務所の塀を乗り越え、心を解き放てるという目算があったのですね。

「刑務所の高く厚いコンクリート壁は、単に囚人逃走防止のためではないでしょう。一般社会と刑務所を物心両面で仕切るためです。分断し隔離する壁です。米国の刑務所では囚人が新聞を発行して、外の社会に発信しているそうですが、日本では矯正施設の情報公開なんて見せかけにすぎません。辺りを圧して聳え立つ塀の存在が、刑務所がいかに閉鎖的で、特殊異様な空間であるかを証明しています。僕はせめて心だけでも牢獄を脱したかった。経済学の通信講座は、監獄の格子窓から人知れず外側におろして精神を脱獄させるロープでした」

――その気持ちを絵にしたら、レディング監獄跡のレンガ壁に、神出鬼没の覆面アーティスト、バンクシーが描いた落書きになりますね。

「えっ、バンクシーの落書き?どんな絵なんです」

覆面アーティスト、バンクシーがレディング監獄跡の煉瓦壁に描いた「クリエート・エスケープ」AFP/Aflo

――獄中記を書いたオスカー・ワイルドも囚人だった古い監獄跡が、今は博物館になり、その聳え立つ塀に最近、シーツをロープ代わりにして脱獄する囚人の落書きが出現しました。いかにもバンクシーらしい機知は、何やらぎっしり細字を書きこんだシーツの先にタイプライターがぶら下がっていることです。言葉の創造は牢獄をも破る――というメッセージでしょう。2021年2月28日に出現して〈クリエート・エスケープ〉と名づけられ、今やロンドン近郊の観光名所です。

「いや、このリアルな落書きには参りましたね。しかも2月28日は僕の誕生日です。僕の気持ちを一目で代弁してもらえる絵ですね。百万言費やしても、こうは表現できない。

「ナッシュ均衡」の数学

独房のテレビで見た2002年の映画『ビューティフル・マインド』もそうでした。天才数学者が統合失調症を発症、大学をさまよう亡霊のようになりながら、四半世紀経って奇跡的に回復し、やがてノーベル賞を受賞するんですが、見ているうちにジョン・ナッシュの実話の映画化と気づきました。1950年代に発表した論文〈ナッシュ均衡〉で94年にノーベル経済学賞を受賞し、2015年に交通事故で夫婦ともども亡くなった悲劇の人です。

僕は通信講座に入って半年ほどで数学の存在に気づきました。慶應が必修科目に統計学を入れてくれたおかげです。宇沢積分、ゲーム理論……とても難しかったけれど、ナッシュ均衡もそこで知ったので懐かしさがこみ上げてきました。でも、やはり忘れられないのは、類いまれな頭脳がほとんど再起不能のどん底からよみがえるストーリーですね」

ラッセル・クロウが天才数学者ジョン・ナッシュを演じた映画『ビューティフル・マインド』

――ナッシュ均衡は、日本の数学者でイェール大学教授になった角谷静夫の不動点定理の応用でした。齋藤さんが陥った〈囚人のジレンマ〉もナッシュ均衡の一つですから、身をもってプリンストン高等研究所の天才たちの数学を体験したことになります。

「でも、頭のなかで経済学の世界を気ままに歩いているだけじゃありません。通信講座入学と同時に〈係〉をすべて辞めてから、他の受刑者との関係にも変化がありました。〈係〉という優越的地位から身を退くと、孤立して自分だけの世界を築くことに専念できます。昼は目の前の軽作業に集中し、めったに他人と言葉を交わしませんが、夕方からは本に集中しました。本では大勢の経済学者に出会える。所内の人間関係は捨てても、多くの知り合いが増えます。おかげで冷静に受刑者を見る目が養われるようになり、罪を犯して生きてきた1人の人間として、他の受刑者と話ができるようになりました。

もちろん、本を読むインプットだけでは不十分です。僕が選んだアウトプットは二つ、1日40分間だけ許されている運動時間に会話できる相手を探すことと、もう一つは書くことです。慶應へのレポート提出に始まり、最後は小説を書き始めることになりました」

――単調な毎日のなかで、胸襟を開ける会話相手はみつかりましたか。

「工場内には50人しかいません。入れ替わりが激しいとはいえ、その中から毎日40分間、それも2人だけで話すことができる相手を探すことは容易じゃありません。1年にせいぜい2人か3人くらいかな。相性が合わなければ2、3回話すだけで苦痛になります。相手がいなければ、刑務所が用意した読売新聞を読んで運動時間を終わらせるだけです。

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