流視逍遥
「新聞記者」はそんなこと言わない 流視逍遥
         望月衣塑子著の原作をもとにしたNetflix版『新聞記者』で主役の記者を演じる米倉涼子(Netflixより)

第9回

「新聞記者」はそんなこと言わない

新聞記者(Netflix版)

全6話(1話45~57分)

企画・プロデュース河村光庸

監督藤井道人

脚本小寺和久、山田能龍、藤井道人

出演米倉涼子、綾野剛、横浜流星、吉岡秀隆、寺島しのぶ

配信Netflix2022年1月

米倉涼子に吉岡秀隆、寺島しのぶと豪華メンバーが出演するドラマ『新聞記者』が、1月にNetflixから配信された。これにて望月衣塑子著『新聞記者』を原作とする映画、ドキュメンタリー、ドラマが揃ったことになる。短い期間に原作を同じくする3点セットが公開されるのは珍しい。

原作では、東京新聞望月記者の、ジャーナリストとしての歩みと現在が描かれている。菅義偉官房長官の記者会見で執拗に質問を妨害されたことで知られ、それもあってベストセラーとなった。文中、記述はそれほど多くはないものの、ご両親の描写は印象的に残る。私とほとんど生年が変わらないからかもしれない。

映画『新聞記者』は監督藤井道人で、2019年6月に公開された。

医療系大学新設に関する極秘情報が新聞社に入り、調べていくうちに、リーク元と思しき神崎は飛び降り自殺する。後輩で内閣情報調査室の杉原は自殺の原因に疑問を抱き、巡り合った女性記者吉岡とともに真相を探るといった筋書きになっている。

一見すると加計学園問題を扱っているようだが、新設大学の目的が「生物兵器の開発」と設定されることで、フィクションだと諒解する。あまりにも現実離れしているからである。フィクションだと思えば、内閣情報調査室の異様な暗さも受け入れられるし、新聞記者が多数登場するのに、なぜか激論場面はなく、静かな時間が流れるのも気にならない。

官僚である杉原の苦悩を演じる松坂桃李、その演技が際立つのもフィクションだからだろう。テレビドラマ『微笑む人』や『今ここにある危機とぼくの好感度について』など、このところの松坂桃李の活躍には目を見張る。表情の千変万化は素晴らしく、気持ちが悪くなるほどで、名優というには若いし、怪優というには正統派、何と称すべきか、言葉が見つからない。

映画『新聞記者』でも、松坂桃李の顔が次第にゆがんでいく様こそ、最大の見どころと言えよう。

同じ2019年11月には、森達也監督のドキュメンタリー『i -新聞記者ドキュメント』が公開された。

冒頭から官房長官の会見での激しい遣り取りが流され、その迫力に身構えてしまう。もちろん迫力があるのは、質問をする望月記者ではなく、「質問は簡略に」と執拗に繰り返す報道室長である。なぜこんなことをしたのか、いまだよくわからない。逆効果になるのは想像できただろうに。

森達也監督といえば、わが国を代表するドキュメンタリー監督で、『A』『A2』ではオウム真理教の広報部副部長、のちにAleph(アレフ)の広報部長となった荒木浩を追い、『FAKE』では作曲家の佐村河内守に密着取材した。その流れからすると、森友学園問題では稀代のトリックスター、籠池夫妻が俎上に上るとばかり思っていたが、なぜか望月記者だった。

ドキュメンタリーを見ていくうちに、理由ははっきりする。官房長官の記者会見の撮影を申し込んだが、あの手この手で阻止されたからで、取材の自由はそののち、望月記者の問題というよりも、森監督の問題となっていた。

とはいえ、森達也監督の長年のファンとしては、やはり籠池夫妻がメインのドキュメンタリーを見たかった。

そしてNetflix配信のドラマ『新聞記者』、映画と同じく藤井道人監督である。
首相夫人が学園の土地売買に関与したことがリークされ、関係資料の改竄が行われた。改竄作業を命じられた中部財務局の鈴木は、違法行為に悩み、みずから命を絶つ。甥の木下は無関心派の学生だったが、伯父の自殺を契機に新聞記者になる道を歩む。一方、首相夫人付きだった村上は、内閣情報調査室に異動になり、日々の仕事に疑問を抱く。やがて事件を追っていた東都新聞の女性記者松田は、未亡人から遺書と資料を手に入れ、官邸の関与を報道する。未亡人が訴えた裁判が始まるところで第1シーズンは終わる。映画が加計学園なら、ドラマは森友学園の公文書改竄問題をモデルとしていることは明らかだろう。

藤井監督の関係したドラマとしては、一昨年の冬にテレビ東京で放映された『日本ボロ宿紀行』が、思いのほか面白かった。父親の急逝で芸能事務所を受け継いだ娘が、一人だけ残った歌手とともに地方を巡る話で、お金がないので泊まるのはいつも「ボロ宿」だった。この宿は現在も開業中で、ホームページでは「老舗旅館」とか「歴史をかんじさせる」と紹介されており、その落差には毎回笑ってしまった。

1話完結のドラマである『日本ボロ宿紀行』に対して、『新聞記者』は6話からなる連続ドラマである。当然ながら連続ドラマとしての仕掛けが必要となるが、残念ながらそれが行われた形跡はない。結果として盛り上がりに欠け、まるで1話50分×6話のドラマというよりも、300分の映画を見せられているようだった。結論もおおよそ分かっていたので、米倉涼子が出演していなければ、終わりまで見届けることはなかったろう。

キャスティングも、もう少し配慮が必要だった。直前まで放映されていたテレビドラマ『アバランチ』では、綾野剛が首相役の利重剛を助けるが、『新聞記者』では綾野剛が理財局長役の利重剛に圧力をかける。加えて映画と同じく、ドラマでも内閣情報調査室長を田中哲司が演じる。利重剛も田中哲司も個性的な俳優だけに、最初から既視感を覚えてしまった。

しかし最大の問題はやはり、フィクションにできなかったことではないだろうか。映画では「生物兵器の開発」がフィクション性を支えたが、ドラマではそれにあたるものが見あたらない。まさか、近畿財務局を中部財務局にし、「実在のものを描写するものではありません」というテロップを流せば、フィクションになるとは思っていないだろう。

すでに決着を見たならともかく、いまだ現在進行形の政治的事件を、フィクションでもなく、ドキュメンタリーでもなく描くとなると、手練れの監督でも難しい。事実は事実として確定しておらず、その中のひとつをあえて選べばプロパガンダになりかねないからである。

じっさいネットを逍遙すると、事実とは異なるとの指摘も目につくし、モデルとなった遺族とのトラブルも週刊誌は伝えている。

台詞についても、違和感の溢れる言葉が飛び交う。

たとえば自殺する鈴木は「公務員は国民のために働くのが仕事」と声高に語るが、政治家ならともかく、そんなことを口にする公務員は実際にいるのであろうか。

映画ではこれに関して、もう少しスマートに処理される。

「神崎さん言ってましたよね。官僚の仕事は誠心誠意国民のために尽くすことだって」

「そんなこと言ったかな」

「ずいぶんと叱られました」

「きついね。過去の自分に叱られるというのは」

また新聞記者を志望する木下は「声なき声を届けるのが記者の仕事」と語る。こちらも同様で、数多くの新聞記者に会ったが、そんな言葉を耳にしたことは一度もなかった。

もしかしたら私がこの30年、新聞をとっていないことを知っていて、心の底にしまい込んでいたのかもしれない。そう思って、最も身近にいる元新聞記者に訊ねてみた。新聞記者の多くは「声なき声を届けるのが記者の仕事」と考えているのか、と。

「ふっふっふっ」

元新聞記者は、ただただ微笑むばかりであった。■