流視逍遥
「柴門ふみ」に時代が追いついた 流視逍遥
photo フジテレビジョン

第4回

「柴門ふみ」に時代が追いついた

東京ラブストーリー(令和版)

1シーズン全11話

原作/柴門ふみ脚本/北川亜矢子

主演/伊藤健太郎、石橋静河、清原翔、石井杏奈

制作/フジテレビジョン

配信/FOD、アマゾン・プライム

柴門ふみの名作『東京ラブストーリー』が、新たに放映されると聞いたとき、大丈夫かなと思った。このところの地上波のテレビドラマのリメイクは、どれもお粗末だったからである。

『グッドワイフ』も『スーツ』も、評判の高いアメリカの原作に比べると凡庸だし、韓国ドラマのリメイクも、無駄に長いのを我慢できれば、元のほうが断然面白い。日本のドラマも『若者たち』がリメイクされたが、駄作に終わった。CSで昭和41年のドラマ34話を放映してくれたので、意味はあったのかもしれないが。

『東京ラブストーリー』については、昭和63年に『ビッグコミック・スピリッツ』に連載された当初から愛読していたし、平成3年にフジテレビで制作されたドラマも何度か見返していた。それなりに愛着のある物語だったので、無残な姿にリメイクされるのは何とも辛かった。

おや、と思ったのは、配役を見たときである。主役の石橋静河は映画『愛を乞うひと』の名優原田美枝子の次女であり、清原翔もドラマなどで見かけていたが、平成版が当時の超人気若手俳優が顔を揃えたのに比べると、今回の俳優陣はいかにも温和しかった。さらに地上波のテレビではなく、ネット配信されると知り、意外な感じがする。新しい試みなのだろうが、人気ドラマのリメイクにしては、なかなかの冒険であった。

『東京ラブストーリー』は、愛媛の高校の同級生三人に、アフリカ生まれの帰国子女、自由奔放な赤名リカが加わって展開される恋物語である。医学生の三上健一が高校のマドンナ関口さとみと同棲し、上京した永尾完治がリカとつきあい、やがて女癖の悪い三上に愛想を尽かした関口が完治を頼ると、マドンナには抗しがたく、リカも元上司の子を身ごもったことから、完治との別れを受け入れ、ジエンドとなる。

新作では、脚本家の意欲を示すように、リカのベッドシーンから始まる。続いて完治の乗ったバスの車窓から見える夜景。東京の夜景は、それは美しく、全編にわたって繰り返し出てくる。なによりも夜の東京タワーが魅惑に満ちていて、これほど美しい東京タワーを見たのは久し振りだった。

新作の状況設定が、旧作と異なるのは当然だが、不思議と違和感はなかった。回を重ねるうちに、その理由がわかってくる。柴門ふみの原作に戻ろうとしていたからである。それによって平成版に生じたノッキングは消え、原作の持つ物語としての幅の広さが蘇る。

平成版のノッキングは、リカの妊娠を割愛したことから生まれる。リカが主体的に別れる理由が失われ、自由奔放、わがままいっぱいだったのが、いつしか勢いを失い、可愛い、切ない女性になっていた。かわりに、印象的な台詞がふんだんに盛り込まれる。

「どうした?元気ないな?8月31日の小学生みたい。なんか東京にやなことでもあるの?」

上京したてで、何があるかわからないと不安がる完治を、リカは元気づける。

「そんなの、何あるか分かんないから元気出るんじゃない!大丈夫。笑って、笑って!」

リカの妊娠を割愛したのは、そのほうが時代に受けると考えたからだろう。じっさい高視聴率を記録し、目論見は当たった。脚色を担当したのは坂元裕二、『最高の離婚』『Woman』『カルテット』などで、いまや我が国を代表する脚本家となっている。

新作では、リカが妊娠することで、本来の強さや自由さが戻ってくる。原作の台詞も復活する。

「言えるわけないじゃない!この赤名リカが、そんなこと言えるわけないじゃない!」

こちらの脚色は北川亜矢子、女性であることも大きい。新たな名台詞も生まれた。

「いくら好きでも、相手を所有していい理由にはならない。そんな関係ならいらない!私はだれの物にもなりたくないんだ!」

主人公について、原作者は語る。

「(この作品が)成功するか失敗するかは、赤名リカが読者に受け入れられるかどうかにかかっていました」

新作を見ていると、赤名リカの持つ奔放さ、人間的強さが、受け入れられる時代がきていることを痛感させられる。柴門ふみの名作に、ようやく時代が追いついてきたのだろう。ガラスの天井を完全に打ち破るのも、そう遠くはないかもしれない。

平成版では、もうひとつ割愛されたものがある。原作では早くから、その名前が出てくる。

「似てる、アズサに、……高校時代の同級生」

リカを見て、永尾完治は最初にそう思う。

「彼女、田々井アズサに似てるな。完治はあのテの女に好かれるんだ」と、三上健一も語る。

「もうすぐ命日ね。アズサさんの」と関口さとみも口にする。「彼女って魅力的だったわね」

田々井アズサ、自由で奔放ゆえに愛媛では生きていくのが難しく、みずから命を絶った。三人ともアズサの自殺に深く関わっていて、負い目を抱えていたところに、よく似たリカが登場する。

原作を読んだとき、じつは田々井アズサには実在のモデルがいて、『東京ラブストーリー』は彼女への鎮魂歌ではないかと思ったほどである。

アズサの存在で、ドラマの味わいは随分と変わる。新作でも割愛されているが、予感させる台詞も出てきており、「宿題にさせて」といったところだろうか。

最後にリカは、消息を絶って愛媛に向かう。完治が彼女の言葉を思い出し、故郷に戻って探しあてるが、隙をみてリカは姿をくらます。原作にも新旧のドラマにも出てくるシーンだが、姿の消し方は微妙に異なる。

なかでは、リカがいなくなる前に、秘かに絵葉書を投函する平成版が好い。疲弊して東京に戻った完治は、その絵葉書を手に取る。こう書き出されていた。

「こんにちはカンチ、こんばんはかな」

三十年近く前から私は、メールの書き出しに、そこから「カンチ」を削ったフレーズを使っている。

出処に気付いた人は、まだいない。■