流視逍遥
造幣「偽」増刷というレジスタンス 流視逍遥
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第3回

造幣「偽」増刷というレジスタンス

ペーパー・ハウス(原題 La Casa de Papel)

5シーズン 1話41〜58分

原作・制作/アレックス・ピナ

主演/ウルスラ・コルベロ、アルバロ・モンテ、ペドロ・アロンソ

配信/ネットフリックス

「チャオベラ、チャオベラ、チャウ、チャウ、チャウ」

そのフレーズを聴いたとき、思わず戦慄が走った。襲撃前夜に、首謀者と現場指揮官が、肩を組みながら唄っていたからである。ベラチャオ(Bella Caio)は、もともとはファシスト党と戦うイタリアのパルチザンの歌で、大事な場面でそれが唄われるということは、ドラマがたんなるミステリーではなく、レジスタンスのドラマであることを告げているように思われた。

スペインのドラマ『ペーパー・ハウス』は、8人からなる一味が、王立造幣局を襲撃する話である。首謀者は教授と呼ばれる男で、綿密な計画を練り上げ、まずは人探しから始める。たとえば強盗で指名手配中の若い女を見つけると、こう声をかけた。

「ビジネスの話があるんだ。どうかな、泥棒みたいなことだけど。そのために人を集めている。失う物がないような奴を。24億ユーロだよ、やってみないか?」

そうやって、いわくつきの男を6人、女を2人集め、それぞれに都市の名前をつける。指名手配の女はトキオ(東京)、現場指揮官となる宝石強盗犯はベルリン、元鉱山労働者で工作機械に強いモスクワに息子のデンバー、ハッカーのリオ、セルビア人の双子の元兵士ヘルシンキにオスロ。そして偽造の達人ナイロビ。

この8人に教授は、襲撃のノウハウを叩き込む。警察の出方や仲間のミス、人質の行動なども想定し、対処法も教える。みずからは襲撃には加わらず、外にいて状況を見ながら指示を送るためであった。準備期間は五カ月、クレイジーといわれると教授は反論する。

「いいかな、私達は十数年ものあいだ学校で勉強し、給料を貰う。うまくいったところで、貰う額は微々たるものだ。それに比べれば五カ月が何だ。私はこの計画のために長い年月をかけた。成功すれば一生働かなくていい、君たちだけではない、子供たちもだ」

計画通りに一味は造幣局を襲撃し、67名の人質をとって立てこもった。8人は深紅のジャンプスーツで身を包み、サルバドール・ダリのマスクをかぶる。さらに警察が突入しても見分けがつかないようにと、人質にも同じ格好をさせた。

エミー賞作品賞を受賞した『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』でも、真っ赤なマントに白いフード姿の侍女が目を引いたが、『ペーパー・ハウス』の一味の出で立ちも、それに劣らず鮮やかである。なかでもトキオ演じるスペインの人気女優、ウルスラ・コルベロが銃を担ぐ姿は、いかにもインスタ映えがする。

造幣局襲撃の目的は、紙幣の強奪ではなく、印刷することにあった。強盗でもなければ、贋札造りでもないことから、史上最大の偽金造りといわれたアルヴェス・レイスが思い起こされる。

一九二五年、ポルトガルの紙幣が英国で刷られていることを知ったレイスは、契約書を偽造してロンドンの商会に一億エスクードの印刷を依頼した。まんまと大金をせしめ、それを元手に銀行を設立、植民地アンゴラの開発にとりかかるが、志半ばで逮捕されてしまう。だが翌年成立したファシスト政権の蔵相サラザールは、レイスの事件を研究して新たな経済政策を打ち出し、世界恐慌を乗り切った。種村季弘は書いている。

「サラザールは以後半世紀……レイスの論理の延長上に国家を経営した。詐欺師の方法を国家がかっぱらって堂々と国家経営の方法論に贋造してしまったことになる。当事者がレイスならば詐欺師になるが、サラザールなら救国の政治になる」(『詐欺師の楽園』)

ベラチャオを唄う姿を見たとき、レジスタンスのドラマならば似たような台詞が聞けるものと確信した。

計画では11日間で24億ユーロを印刷し、トンネルを掘って脱出することになっていた。包囲した警察も、有能な女性警部ラケル・ムリヨを交渉人とし、あの手この手で阻止しようとする。ほとんどが五カ月間に教えられたことで対処できたものの、男女の機微については、さすがの教授も考えが及ばなかったようだ。

トキオはリオへの愛からトラブルを繰り返し、デンバーは局長の不倫相手と恋仲となり、人質の女はベルリンに身を任せる。その度に隙が生まれ、危機に直面した。ついには教授までもが、カフェで休憩するラケル警部に近づいていく。警部に望まれ、ピアノに向かった教授が弾いたのはジ・エンターテイナー、詐欺師映画『スティング』のテーマ曲であった。

恋愛模様が絡み合い、綿密な計画も破綻かと心配しながら見ていくと、シーズン2の終わりになって、待っていた言葉がようやく出てきた。教授はラケル警部に愛を語り、襲撃事件を正当化する。

「今回のことだって、他の者がやれば問題にはならない。実際に二〇一一年には、欧州中央銀行は唐突にも、一七一〇億ユーロを印刷した。私達と同じことをやっている。大規模なだけだ。次の年は一八五〇億ユーロ、その次の年は一四五〇億ユーロ。その金はどこへいったのか⁉銀行だよ。それから工場を経て金持ちの懐へだ。でも、欧州中央銀行を泥棒だと呼ぶ奴はいるか⁉流動性の注入、そう言われている」

そしてお札を一枚持ってきて、破りながら語る。

「これは何だ、紙切れじゃないか。たんなる紙切れ、紙切れにすぎない。いいかい、私だって流動性の注入を行っているだけだ。銀行のためではないが」

そんな世界から、ともに自由になろう、一緒に逃げよう、と教授は誘いかける。『ペーパー・ハウス』なる題名も、じつはここからきているのだろう。

ドラマは2シーズン22話からなっている。一話完結でなく連続で22話、それでも飽きることはない。映画なら退屈でも、見終わって詰まらんと言われるだけだが、ドラマではそうはいかない。人々は途中で止めてしまうからである。その意味では、22話も飽きさせない連続ドラマとは、それだけで優れた作品といえよう。

第3シーズンでは、マドリードの上空の飛行船から一億ユーロのお札をまき散らし、市民が混乱する中、今度はスペイン銀行を襲撃する。完結編となる第4シーズンの配信は、4月3日に予定されている。■