流視逍遥
連ドラ「モース」配信に我を忘れて 流視逍遥
                     photo ITV

第1回

連ドラ「モース」配信に我を忘れて

主任警部モース

全33話1話98分(第8シリーズは105分)

原作/コリン・デクスター

主演/ジョン・ソウ 制作/英国ITV1987~2000

配信/AXNミステリー

動画配信サービス、これには絶対入ってはいけないと思っていた。

パソコンやタブロイドで映画やドラマが見られるなんて、そんなことになったら意志薄弱の私など、間違いなく我を忘れて見続けてしまうからである。とくに連続ドラマはまずい。映画なら二時間、長くても三時間ぐらいで終わるが、連続ドラマはそうはいかない。

名作といわれる『主任警部モース』なども一話が一〇〇分、それがじつに三十三話もある。

ワーグナーとクロスワードパズルが好きで、ジャガーを乗り回し、酒も愛し、女性も愛する初老の警部が、部長刑事ルイスとのコンビで数々の難事件を解決していくドラマで、一九八七年から二〇〇〇年にかけてイギリスで製作され、大変な人気を博した。

三十三話の中では、第二十話の「約束の地」が印象に残っている。扱った事件が冤罪ではないかとの疑いを抱いたモースは、密告者が名前を変えて暮らしていたオーストラリアに渡るが、予期したような結末には至らず、結局はそこが「約束の地」ではないことが明らかとなる。モースの失望感が心に染みるドラマであった。視聴後に、演出はアカデミー賞作品賞を受賞した『恋に落ちたシェイクスピア』の監督ジョン・マッデンだと知って納得した。

二十三話の「イタリアの事件」も興味深い。イタリアでクラブを経営していた詐欺師が登場するが、どこかで見かけたことがあるなと思って調べてみると、マイケル・キッチンの若い頃の姿だった。のちの『刑事フォイル』である。

原作はコリン・デクスターの推理小説だが、この分野では往往にして、映像化された作品の方が面白いケースが少なくない。『主任警部モース』もその類いで、ドラマを見たあとでデクスターの原作を手にとると、あまりにも冗長で読み終えることさえ難しい。

もっともこの連続ドラマは、テレビのCS放送で見たからいいようなもので、三十三話をパソコンで見られるようになったら、一日一話に止める自信はない。

『主任警部モース』が終わると、部下だったルイスを主人公とした『オックスフォードミステリー:ルイス警部』が用意されている。警部に昇進したルイスが、ハサウェイ刑事とともに幾多の事件にあたるのだが、これまた一話一〇〇分で三十三話もあり、モースの流れで思わず見てしまった。要した時間など、計算する気にもなれない。

『ルイス警部』に続いて、若かりしころのモースを描いた『刑事モース:オックスフォード事件簿』が始まり、日本でも二〇一三年からWOWOWで放映されている。

ワーグナー、クロスワードパズル、ジャガーなど、『主任警部モース』の「小道具」を引き継ぐとともに、現代風の速いテンポで若きモースの様々な苦悩を描いている。驚いたのは『主任警部モース』では署長だったストレンジ警視正が、モースの部下の巡査として登場したことで、組織の中で地位が逆転していく過程は見どころのひとつとなるだろう。

こちらは一話九〇分、現在進行中で、最終的には三十三話までいくはずだが、年に四話放映される程度なので悩まされなくてすむだろう。

連続ドラマはこのように、テレビで見る限りは、我を忘れてしまうことはない。基本的に一週間に一回、再放送といったところで一日一話しか放映されないからである。日本の連続ドラマについても同様で、『相棒』や『ドクターX』などの人気ドラマや、『JIN─仁─』や『カルテット』などの優れたドラマも、週に一回なので、落ち着いて見れば生活はなんら乱れない。

だが、動画配信サービスとなると事情は異なる。時間と場所に制約されず、見たいときに見られるとなると、時刻にあわせてテレビの前に腰を下ろす必要もなければ、ビデオの録画予約をすることもない。時間から解放されるのだが、逆にそれだけ我を忘れる可能性は高まる。

じっさいテレビドラマに飽き足りず、ネットを徘徊していたところ、あるサイトで『第一容疑者』が無料配信されているのを発見して、見入ってしまった。

圧倒的な男性社会である警察において、気性の激しい女性警部が、偏見や差別や嫉妬に悩まされながらも難事件を解決していく連続ドラマで、「女に捜査の指揮がとれるのか」との罵声を浴びるところから第一話は始まる。ロンドン警視庁の新人研修に使われたといわれるほど筋立てがリアルで、しかも主演が『クィーン』でアカデミー主演女優賞に輝いたヘレン・ミレンとなれば、見入ってしまうのも無理はない。

制作されたのは一九九〇年代だが、『キリング』『クローザー』『ブリッジ』『ハッピーヴァレー』など、昨今は女性刑事を主人公としたドラマが目白押しであることを考えると、まさに隔世の感がする。

もっともこのドラマも、ネット配信とはいえ、頻度は週に一回だったので、基本的にはテレビで見るのと変わらなかった。

問題は週に一話ではなく、全話が一挙に配信されるサービスである。これに入ったら、我を忘れて見てしまうかもしれない。残り少ない人生を考えると、それだけは避けなければ、と自分に言い聞かせる。

ところがその日は、なぜか物事が一段落していた。だらだらと雨が降っていて、なんとなくドラマが見たくなる。あいにくテレビでは何もやっていない。そんなときだった、どこからか囁きが聞こえてきたのは。

「ちょっとだけ入って、危ないと思ったらやめればいい。面白いのだけ見て、解約すればいい」

思わず、その囁きに従ってしまった。生まれつきの意志薄弱であることを忘れて。

入った動画配信サービスはネットフリックスだが、最初に見たドラマがまずかった。

『ライン・オブ・デューティ』、面白すぎたからである。■