風味花伝
豪徳寺で「ネパール」舌鼓の旅 風味花伝
             Sargemba Ra Dhindo/サルゲンバとディロ    撮影/天方晴子

第9回

豪徳寺で「ネパール」舌鼓の旅

OLD NEPAL TOKYO

(オールドネパール トウキョウ)

オーナーシェフ本田 遼氏

 

東京都世田谷区豪徳寺1-42-11
https://www.instagram.com/oldnepal_tokyo
(ネット予約)https://www.tablecheck.com/ja/shops/oldnepaltokyo/reserve
03-6413-6618
 

 

「今日のコースのテーマはネパールの古都ポカラから首都カトマンズに向かう旅です。……途中のムグリンという川沿いの町には川魚料理が名物のレストランがあって、この料理はそこで提供している川魚のローストをイメージしています」

2020年にオープンした「オールドネパール トウキョウ」は、近年ネパール料理店が一気に増えるなかで、きわ立った存在だ。ランチは「ダル(豆のスープ)」と「バート(ごはん)」にカレーやタルカリ(野菜のおかず)、サーグ(青菜炒め)などを盛り合わせた現地スタイルの定食「ダルバート」を提供していて、これもゴージャスで魅力的なのだが、特筆すべきは、軽食や酒のつまみを意味する「カジャ」5品程度とダルバートからなるネパール料理のコース(9900円)が味わえるディナーである。

冒頭のサービススタッフのコメントが表すように、3ヵ月ごとに変わるコース内容はオーナーシェフの本田遼氏が実際に体験したネパールの旅をもとにテーマを設定し、それに沿って考案した料理によって構成される。「ただ料理を味わっていただくだけでなく、ネパールを旅行しているような気分に浸ってほしくて」と語る本田氏は、23歳でネパールを訪れたときにダルバートを食べて感動し、ネパール料理の虜になった。じつのところカジャは、1日2食のダルバートの合間に食べるのが一般的で、カジャとダルバートを組み合わせた食事の形式は現地には存在しないが、「コースを主体にしたモダンスタイルのレストランとして営業することで、ネパール料理の多様な魅力を発信していきたい」という狙いがあるという。

22年10月上旬からのテーマは「カトマンズ盆地の食巡り」だ。カトマンズ近郊に点在するさまざまな民族の友人宅や料理店を訪ねてまわるというストーリーが付随する。チベット系民族が好むスッチャ(バター茶)からはじまり、ヨーグルトからつくったチーズでだしを取ったスープ麺「トゥクパ」、写真の「サルゲンバ~」と続く。これはネパール東部に住む山岳民族であるライ族が祭りのときに飼っていた豚を1頭つぶしてつくる血のソーセージ。なめらかな食感の滋味深い味わいで、穀物をそばがき状にしたディロを添えている。アルコールペアリング(6杯6600円)の一杯として提供するネパール産ウォッカにコケの一種を漬け込んだドリンクを一緒に口に含むと木々の香りが鼻腔に抜け、森の中で食事をしているような錯覚に陥る。

このあと献立は、「ダヒ」(お祝いのヨーグルト)、「鴨のチョエラ(藁焼き)」と続き、川魚と猪のカレーがメインのダルバートで締められる。前半のカジャは想像力をかき立てられる品々である一方、ダルバートは日本の一汁三菜の食事に通じるからだろうか、日本人ならばだれもがほっとするような、懐かしいような気分になって、香り高いごはんと熱々のダルがいくらでもすすんでしまう(おかわりは自由だ)。

ネパール料理はカレーも含めて、インドやスリランカのようにスパイスを大量に用いることをしない。地味な食材も少なくないので、味や香り、見た目にインパクトはないかもしれないが、そのぶん心に染みる。これこそがネパール料理の最大の魅力といえる。その本質を失うことなく、多彩な技法を駆使してレストランの料理に昇華させられるのが本田氏の真骨頂だ。もともと和食の料理人だったが、他ジャンルの店に足を運んでヒントをつかみ、料理書にとどまらず、発酵の専門書にまで目を通して独自に理論を突き詰めるその姿勢には、目をみはるばかり。

インド北部に位置する東西に細長い小国ネパールには多様な民族が暮らし、周辺国とは異なる独自の食文化をはぐくんできた。南アジアで飲酒文化が根づいているのもここだけだ。いまも旅を続ける本田氏がネパールの各地で味わった食べ物、見た風景、嗅いだ匂い、出会った人々。そういった経験や感覚をなぞることができるオールドネパールでの食体験は、何物にも代えがたい。■

本田遼(ほんだ・りょう)氏略歴

1983年兵庫県生まれ。和食の料理人を経て神戸のネパール料理店に勤務。旅行会社に勤めたのち、2015年に大阪でダルバート専門店「ダルバート食堂」、18年に同じく大阪でスパイスカレーとインド・ネパール産スパイスの専門店「スパイス堂」を開業。20年に東京・豪徳寺にネパール料理レストラン「オールドネパール トウキョウ」をオープンし、現在は同じ場所でスパイスショップ「sunya」(https://sunya-spice.com)も運営する。著書に『ダルバートとネパール料理』(柴田書店)。