風味花伝
「和魂漢才」の多皿で中華新境地 風味花伝
                  五粮液魚          撮影/宮本信義

第8回

「和魂漢才」の多皿で中華新境地

茶禅華

オーナーシェフ川田智也

 

東京都港区南麻布4-7-5

https://sazenka.com

050-3188-8819

中国料理レストランの新境地を開いたといっていいだろう。2017年に開業し、料理界の話題をかっさらった「茶禅華」である。

従来の高級中国料理店は、高価な食材を惜しみなく使う贅を尽くした大皿料理でもてなすのが一般的だった。茶禅華はそれらの店とは趣を異にし、献立は十数皿もの小ポーションの料理で構成される。フランス料理の多皿コースの店を想起させるが、べつに真似をしたわけではない。「料理を最高の状態で召し上がっていただくために、このスタイルに行き着きました。寿司屋の職人がお客さんのタイミングに合わせて寿司を握るようなイメージです」とオーナーシェフの川田智也氏はいう。

出てくる料理は、多種多彩で、創造性に富み、ひたすらに手が込んでいる。味つけや香りは繊細ながら、食材のポテンシャルがきわ立っているから、生涯忘れられないほどに印象深い。以下に7月のある日のコース(1人3万3000円)を抜粋して紹介する。香り豊かな緑茶に素麵を泳がせた一品からはじまり、後述する鮎の春巻き仕立て(写真)、香港の食文化に対する憧れが生んだ焼きもの各種、日本料理の一番だしに通じる凛とした味わいの雲吞入り雉スープ、炊いたスッポンを餡にして手羽先に詰め、川田氏の思い入れが強い四川の風味をまとわせたスペシャリテ――と、手を替え、品を替えて食べ手の感性を刺激してくる。

合わせるドリンクは、川田氏が造詣の深い中国茶のペアリングや、ワインを中心としたアルコールペアリング、両者の“いいとこ取り”であるミックスペアリングをすすめたい。ホールスタッフは30席弱に対して10人程度を擁し、サービスには万全を期す。大使公邸だった一軒家を改築した店内の壁には趣ある茶器が並べられ、全体はシックにまとめられている。料理だけでなく、接客、内装にも隙がない。20年に中国料理店として(中国国内を除く)世界ではじめてミシュラン三ツ星を獲得し、予約解禁日にはあっという間に席が埋まる盛況ぶりというのもうなずける。

こうしたレストランとしての完成度の高さが高評価につながっているのだろうが、最大の魅力は、「和魂漢才」を拠りどころとした料理だ。すなわち、「『和魂』=日本の風土、食材や日本人の美意識と『漢才』=中国料理の技法を調和させることで再創造した中国料理」(川田氏)である。

例を挙げれば、前述した夏の名物料理「五粮液魚」。天竜川の清流で育てられた若い鮎、それも生きたままその日の朝に届けられた個体を使う。これを中国料理の酔っ払い海老の要領で四川省の銘酒「五粮液」(白酒の一種)に浸け、春巻きに見立てて揚げた一品である。触るとハラリと崩れてしまうガラス細工のような繊細な歯ざわりの鮎を頬張ると、南国フルーツを思わせる五粮液の甘い香りが内臓のほろ苦さとともに口いっぱいに広がる。甘美としか言いようがない。

川田氏は中国料理の名店「麻布長江」で修業したのちに、日本料理の考え方や食材、技法を知るために奇才・山本征治氏が率いる日本料理店「龍吟」の門を叩く。龍吟が台湾に出店した際には副料理長を務め、感性をさらに磨いた。茶禅華は麻布長江時代の先輩と二人三脚で開業、運営してきたが、22年2月に店を買い取り、オーナーシェフとして再出発した。「それでも、自分はおいしい料理を追求していくだけ」。学生時代にバレーボールやボーイスカウトの経験によって妥協を許さない姿勢を培ったという食いしん坊料理人は、これからもストイックに自分の料理を突き詰めていくことだろう。■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川田智也(かわだ・ともや)氏略歴

1982年栃木県生まれ。調理師学校に通いながら、「麻布長江」(現在閉店)にアルバイトとして勤務。そのまま10年間修業し、副料理長も務める。その後、「日本料理 龍吟」で5年間修業し、台北の支店「日本料理 祥雲 龍吟」の副料理長に就任。2017年に麻布長江時代の先輩である林亮治氏とともに料理長として「茶禅華」をオープン。22年2月に店を買い取り、オーナーシェフに。