風味花伝
ソースと手間暇、これぞ正統フレンチ 風味花伝
 豚足のリ・ド・ヴォー、トランペット、ムース・ド・ヴォライユのファルシ アスパラガスとネギ坊主のフリット添え  シャルキュティエールのソース  ミシェル・リボットへのオマージュ                             撮影 天方晴子

第6回

ソースと手間暇、これぞ正統フレンチ

FURUYA augastronome

(フルヤ オーガストロノム)

オーナーシェフ古屋 賢介氏

東京都港区赤坂4-3-9 赤坂藤マンション1F

https://f-augastronome.com

03-5797-7527

「レストランっていいな」。あらためてそう感じさせる店だ。小ぢんまりとはしているが、煌びやかなダイニングに通されると、いやがおうでも気持ちがたかぶる。サービスマンが出てきて、料理の説明を受けたらメインの肉料理をチョイスする。それに合わせて、同行者やスタッフとあれやこれや言い合いながらワインの銘柄や飲み方について作戦を立てる。これからはじまる饗宴を前に心躍らせる至福の時である。

これは元来のレストランの姿だが、近年はこうしたクラシックなタイプの店が劣勢になり、代わってカウンタースタイルのレストランがトレンドになっている。内装も現代的なスタイリッシュなイメージであったり、ナチュラルで気取らない雰囲気であったり。ドリンクにしてもソムリエやワインリストを置かずに、料理に合わせておまかせのペアリングを提供する方式が主流になりつつある。

それも致し方ないことかもしれない。レストラン文化に馴染みがない日本人が相手だ。ワインに詳しくない客も安心できる一方で、ロスや原価をコントロールしやすいペアリングスタイルは、客と店の双方にとって望ましいかたちともいえる。板前割烹を彷彿とさせるオープンキッチンも受け入れられやすいのだろう。そんなご時世だからこそ、正統なヨーロピアンスタイルを頑なに貫く「フルヤ オーガストロノム」は貴重な存在だ。

オーナーの古屋賢介シェフは、26歳のときに日本を飛び出して、スイスやベルギーのレストランで修業した。一度帰国したが、ベルギーの修業先から呼び戻されて料理長を務めた。その店が店名に関した「オーガストロノム」だ。「渡欧したときはエル・ブジの影響もあって、フランスでもイノベーティブ系の料理が全盛でした。それで僕がやりたかったクラシックな料理を求めた結果、スイスやベルギーにたどり着いたんです」

現在フランスのレストランでは伝統的な料理に回帰しつつあるというが、日本ではそうとも言いがたい。「フランス料理」を名乗っている店にもかかわらず、ソースがほとんど登場しないこともあるが、古屋氏に言わせたら「フランス料理をフランス料理たらしめているのはソース」である。6~7品からなるフルヤのコースは、どの料理にも味わい豊かなソースが添えられる。ベースとなるフォン(だし)は、最低でも5種類、季節によっては10種類近くもストックしているというから驚きだ。これらとアルコール類を組み合わせて旨みや香りを重ね、師匠仕込みのア・ラ・ミニッツの手法で多彩なソースを仕上げる。風味はしっかりしているが、バターを使わず、酸味も適度に効かせるのであくまで洗練された印象である。

日本のフレンチの料理人がこぞって使う山菜などの和食材も用いない。肉も魚も野菜もキノコもフランスで使われているものと同じ食材を極力仕入れて使う。そして、盛り込みだ。皿の真ん中に焼いた肉をドンと置いて終わりというような料理は、よしとしない。たとえばメインのウサギ料理であれば、1羽をさばいて部位ごとにソテー、グリル……と火入れの方法を変え、端肉は詰め物に加工してカネロニに仕立てるというように、皿の上に4点、5点とパーツを盛り込む。「低温調理」と称して肉を湯煎で加熱する“お湯ぽちゃ”などはもってのほかだ。熟練の技術はもちろん、膨大な手間が必要だが、「それがフランス料理のエスプリです。高いお金をいただいているのは、手間賃でもありますからね」と古屋氏はニヤリ。

写真はベルギーの師匠であるミシェル・リボット氏のスペシャリテ。2日間かけて仕込んだ豚骨の骨を抜き、中に鶏胸肉のムース、リ・ド・ヴォー、トランペット茸を詰めて蒸し焼きにする手の込んだ一品だ。季節ごとに仕立てを変え、春であればアスパラガスやネギ坊主のフリットを添え、ソースはもはやフランス料理の教科書でしか見かけることがないシャルキュティエール。素材の持つ重厚な旨み、鮮烈なソースの香り、複数の異なる食感が口の中で融合する。これがフランス料理なんだよと、若い人に教えてあげたい。

料理を早く出してほしいと言われたり、ワインをまったく飲まない客がいたりと欧州との文化の違いに戸惑うこともあったという。それでも2015年のオープン以来、スタンスを変えずにやってきた。「なんとかつぶれないようにね」と笑う古屋シェフのレストラン愛に満ちたフランス料理店だ。■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古屋賢介(ふるや・けんすけ)氏略歴

1973年東京都生まれ。都内の洋食店で勤務したのち、クラシックなフランス料理を学ぶために99年に渡欧。ベルギーの「レストラン・ブリュノー」、「オーガストロノム」、スイスの「ドメーヌ・ドゥ・シャトービュー」などの名店で修業後、2004年に一度帰国。「ル・キャバレ」(東京・代々木上原)の料理長を務めるも、08年に「オーガストロノム」に呼び戻されて料理長に。10年に帰国後、準備期間を経て15年に東京・赤坂で開業。