風味花伝
構成の妙、掟破りの「締めのピザ」 風味花伝
             鰤              撮影 伊藤高明

第5 回

構成の妙、掟破りの「締めのピザ」

Don Bravoドン ブラボー

オーナーシェフ平 雅一氏

東京都調布市国領町3-6-43

https://www.donbravo.net

042-482-7378

「イタリアンと聞いて、思い浮かぶ料理は?」。こう質問すると、たいていの人は「パスタ、ピザ」と答える。間違ってはいないが、ちょっと寂しい思いをする。イタリア料理の料理人ならば、なおさらだろう。「イタリアン」は、日本人がもっとも好むジャンルのひとつだが、一般的にイメージされるのはカジュアルな、それこそパスタやピザを出す店だ。一方でフランス料理は「高級」という印象で、最高級業態である「レストラン」の存在感が強いのに対して、イタリア料理でそれに対応する「リストランテ」は影が薄い。

そんななかで気を吐いている店が「ドンブラボー」である。京王線の各駅停車しか停まらない国領という立地ながら、開業から10年近くを経ていまだに話題にこと欠かない。コロナ騒動のなかでも、予約が途切れることはなかった。

オーナーシェフの平雅一氏は、イタリア料理の料理人が頭を悩ませがちな「イタリア料理とはなにか?」という問いを突き詰めるのではなく、純粋においしくて、自分らしい料理を出すという姿勢だ。「イタリア料理の料理人仲間の勉強会にも出ているんですが、僕だけまわりと違うなって」と笑う。和の食材を使いこなして創造性に富んだ料理を生み出す平氏は、「イタリア料理」や「リストランテ」といった型にはまらず、自分の感性を信じて振る舞っているように見える。「どう頑張っても現地と同じようにはできませんから」

営業スタイルやメニュー構成は、時流や客層に合わせて変化してきたが、現在ディナーは11000円のコース1本に絞っている。品数はデザートまで入れて9品が基本。まず、目を引くのはピザが組み込まれている点だ。リストランテで、普通ピザは出さない。ピザはピッツェリアで食べるものだからだ。でも、そういった決めごとは取っ払って、お客が喜ぶならと提供するのが平流である。ホエーを使って仕込んだ生地を薪窯でバリッと焼いた粉の風味豊かなピザは、たちまち看板商品になった。

ピザの前は肉料理。今年の春の料理は、「苦み」をテーマに設定することで料理の輪郭を際立たせた。薪窯で焼いた豚肉を春野菜やソーテルヌのソースと味わう趣向である。肉料理はリストランテのウイークポイントともいえるポジションで、イタリア料理は「シンプルをよし」とするために肉を焼いただけの料理になりがちだ。むろん、それが悪いわけではない。ただ、印象に残りづらいのは否めないのだが、ドンブラボーの肉料理は、食べ手の舌に鮮明に記憶される。

コースの前半には平氏がみずから「クリエイティブ枠」と呼ぶ、2ヵ月ごとに心血を注いで開発する新作料理が登場する。写真の「ぶり」は燻製にし、イタリアの家庭料理であるペペロナータ(パプリカの蒸し煮)のペーストやカラブリア名物のンドゥイヤ(トウガラシを効かせたソーセージ)などを合わせた一皿。修業時代に現地で味わった家庭料理や伝統料理に敬意を払い、ときには料理人仲間にも教えを乞う。それを独自のレシピに落とし込んだ平氏ならではの料理である。

コース全体を見渡すと、前半は構成が複雑で、いわば頭を使って食べる料理が続く。それが後半に行くにしたがって馴染みのあるイタリア料理の味わいに収斂されていき、ピザというキラーコンテンツに着地させる。図抜けた構成力だ。ここにドリンクペアリングを加えれば、コースの完成度が相乗的に高まる。担当するのはスーシェフで、そのためか料理に寄り添ったチョイスでストレスを感じない。ゴルゴンゾーラの風味を加えたサワラのグリルに、貴醸酒と貴腐ワインの2種を合わせて食べ手の感性を刺激したかと思うと、締めのピザにはざっくばらんにクラフトビールをすすめるあたりは、なんとも心憎い。

こうしたコースの構成や価格はあくまで現在地にすぎず、今後逐一見直していくという。「クリエイティブなことをしてきたつもりですが、年齢を重ねるとそれがだんだんダサく見られてしまう」と話す平氏は、すでに次のステージを見据えている。■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雅一(たいら・まさかず)氏略歴

1979年東京都生まれ。「アッカ」で修業後に渡伊し、有名店で研鑽を積む。帰国後に「リストランティーノ バルカ」(現「TACUBO‐タクボ‐」)の立ち上げに参加。「ボッコンディビーノ」のシェフを務め、2012年に独立し、地元である国領に「ドンブラボー」を開店した。ピザが主力のカジュアル店「クレイジー ピザ」を国領と神楽坂にも出店。