風味花伝
猟師シェフの「海と大地を守る」緑の星 風味花伝
            海と大地のサラダ ~烏賊、猪、ケール~       撮影 伊藤高明

第4回

猟師シェフの「海と大地を守る」緑の星

LATUREラチュレ

オーナーシェフ室田 拓人氏

東京都渋谷区渋谷2-2-2 青山ルカビルB1

https://www.lature.jp

03-6450-5297

 

東京・南青山のフランス料理店「ラチュレ」の室田拓人シェフは、毎年11月中旬の狩猟解禁日を迎えると、鉄砲をかついで猟に出る。狩猟場は地元である千葉県。カモやキジを撃っては店に持ち帰り、料理に仕立てている。「近年は獣害が増えるばかりだから駆除は必要。でも、僕ら人間が彼らの棲み処を奪ったわけです。おいしく食べてあげるのが、せめてもの供養だと思って」。

調理師学校を卒業してから都内のビストロを経て、𠮷野建シェフ率いる「タテルヨシノ」に勤務した。ジビエ料理に定評があるこの店でその魅力に憑りつかれた室田氏は、2009年に狩猟免許を取得。渋谷のレストラン「deco」のシェフを務め、16年に独立を果たした。

 

ラチュレでも当然ジビエ料理に力を入れている。シカ、イノシシ、カモなど、そのときにもっともおいしく食べられる野生の食材がメニューにならぶ。12月であれば北海道のヒグマだ。口の中に広がる肉の旨みは官能的であり、牛肉の比ではない。2月になれば国産の野ウサギを使った「ア・ラ・ロワイヤル」(王家風)も登場する。こんな古風なフランス料理が食べられるのもこの店の魅力である。ほかにもパテ・アン・クルートやジビエのトゥルト、魚介のパイ包み、ベキャス(山シギ)のロースト ソース・サルミ……。王道のフレンチと呼ぶにふさわしい力強い料理によってコースが構成される。

それにしてもラチュレのジビエ料理は、なぜ他に抜きんでておいしいのか。その答えは、「極上の素材」が手に入るからだと室田氏はいう。獲物はただ仕留めればいいわけではない。致命傷を与える前にいかにストレスを与えないか、弾をどこに命中させるか、その後の下処理をどれだけ丁寧に手がけるか。みずからもハンターであるがゆえに、熟練の技をもち、「獲物をおいしくいただくこと」に対して高い意識をもった猟師仲間から食材を入手できるのだ。

こうしたアドバンテージもあり、ジビエ料理の名店として確固たる地位を築きつつあるラチュレだが、注目されている理由はそれだけではない。2022年版の『ミシュラン』では1つ星とともに前年に続いて「グリーンスター」が付与された。持続な可能なガストロノミーに対する認証である。

室田氏が近年ことに注力しているのが、海洋資源の問題だ。日本の漁獲高はピーク時の3分の1まで落ち込み、毎年のようにサンマが獲れない、なにが獲れないとマスコミが騒いでいる。だが、行き当たりばったりの漁業を続けていれば魚が獲れなくなるのは当たり前。資源管理が喫緊の課題であるのは、あきらかだ。

「ところが、現実には延縄はえなわ漁船が稚魚も幼魚も根こそぎ獲っているし、マグロにしたって産卵前の痩せている個体が大量に漁獲されてスーパーや回転寿司店で安く売られている」と室田氏は警鐘を鳴らす。小さな魚や卵を獲り尽くせば、あとで大きな魚が獲れなくなる。小学生でもわかりそうな理屈だが、海に囲まれているせいか、日本人はいくらでも魚が獲れると思っているフシがあり、気候変動や外国のせいにして現実を直視しない。「国や漁業関係者を動かすには、消費者の意識を変えるしかないんです」。

店ではMSC(海洋管理協議会)の認証を受けているか、それと同等の魚介類を極力使っている。漁港を訪れて未利用魚を発掘し、コイをはじめとする川魚の料理も提供するつもりだ。海洋資源の問題を社会に訴えていくことを目的に発足した料理人の会員組織である一般社団法人Chefs for the Blueの初期メンバーであり、小学生相手に食育活動をほどこしたりもする。

肉(ジビエ)、魚ときたら野菜だ。規格に合わないからといって農家によって野菜が大量に廃棄されている現実に心を痛め、千葉県内の小さな畑で葉野菜をみずから育てて店で使うようになった。

「ぼくはミツバチになりたいんです」と室田氏はいう。ミツバチは花の蜜を吸うが、同時に受粉を手助けすることで植物の役に立っている。「料理を通じて地球のためになにかしたい」。その思いが詰まった料理が、上に掲載した海に棲むイカと野性のイノシシのベーコン、自家栽培のケールを使った「海と大地のサラダ」だ。ラチュレというレストランを象徴する一皿である。■

室田拓人(むろた・たくと)略歴

 

1982年千葉県生まれ。武蔵野調理師専門学校を経て、都内のフランス料理店に勤務。「タテルヨシノ」で経験を積み、在籍中の2009年に狩猟免許を取得した。10年に東京・渋谷のレストラン「deco」のシェフに就任。16年に独立して東京・南青山に「ラチュレ」を開業。Chefs for the Blueの初期メンバー。