風味花伝
「みんなの和食」は「いりこ」だし ③ 風味花伝
                  ひら 利休焼き       撮影/天方晴子

「みんなの和食」は「いりこ」だし ③

てのしま

主人林 亮平氏

 

てのしまTENOSHIMA

東京都港区南青山1-3-211-55ビル2階

https://www.tenoshima.com

03-6316-2150

 

コロナ騒動のなかであっても、相も変わらず「予約が取れない店」があるようだ。日本料理店でも目玉が飛び出るような単価を取って、高級な食材を惜しげもなく提供する店が都内には何店かあり、電話をかけても予約は1年先まで埋まっていたりする。これでは様子を見に行きたくてもかなわないし、だいいち料理だけで3万だ、5万だという店には、そうそう行けるものではない。

そういった時間と金に余裕があるひと握りの客層を相手に商売する店の対極に位置するのが、2018年に開業した「てのしま」だ。コンセプトは「みんなの和食」。白木のカウンターの前に寡黙な料理人が陣取って緊張を強いられることも少なくない日本料理店だが、日本家屋の土間をイメージした造りのてのしまは、どことなく温かみのある雰囲気。料理は税込み1万5000円だから高級店の部類には入るが、酒は幅広くリーズナブルにそろえており、分厚いリストに高級フランスワインが並んでいるような店とは一線を画す。みんなの和食だから、子連れでの入店も構わない。

こうしたスタイルを貫くのは、店主である林亮平氏の危機感の表れでもある。「大将(「菊乃井」村田吉弘氏)たちは、日本料理の魅力を海外に発信することに尽力してくれていますが、その下の世代であるわれわれは、足元を固めることに専念しないといけないんです」。東京ではありとあらゆるジャンルの料理店が溢れ返り、日本料理店は隅に追いやられている。家庭でも純和食の献立が登場する機会がどれだけあるか。ユネスコ無形文化遺産に登録されたところで、日本人が真っ当な和食を味わう機会は減り続けているのだ。

てのしまでは、昆布とカツオ節で取る「一番だし」はほとんど登場しない。一番だしこそが「命」といってはばからない店もあるが、現実には昆布は獲れなくなる一方で、カツオ節をつくる職人は絶滅寸前。一番だしは、「幻のだし」になりつつある。林氏は昆布もカツオ節もなくなった次世代を見越して、日本人の生活に古くから根ざしていた「いりこ」のだしを重宝する。

魚にしてもそうだ。写真は「ひら」。瀬戸内で獲れるニシン科の魚で、ちょっとしたクセがあるが、そこにゴマを振りかけて、炭火で表面は香ばしく、中心はレアに火入れした。マグロ、タイ、アユ、ウナギといった日本料理店の定番高級魚には目もくれず、日本全国から一般には知られていない魚を気の利いた料理に仕立てるのがてのしま流である。

林氏は魚だけでなく、肉も野菜もキノコも日本中をまわって吟味する。その過程でその土地、その土地の郷土料理に触れ、地方に眠る食材や伝統食を発掘し、高級店の料理に落とし込む。これこそが、各地に古くから伝わる正真正銘の日本料理。

「日本料理の料理人はよろいを脱げなくなった」。師匠から教えてもらった技術=鎧はもちろん大事だが、いつのまにか自分自身と一体化し、少なくない料理人が思考停止に陥っていると林氏は指摘する。コロナ禍も常連に支えられ、テイクアウトも実施してしのいだが、インバウンドがしばらく期待できない以上、「足元を固める」ことがより重要になると今後を見据える。

飽くなき探求を続ける林氏のルーツは、香川県丸亀市の港からフェリーで1時間半かかる手島にある。人口は減り続け、いまは20人足らず。いつ消滅してもおかしくない限界集落だ。「手島を無人島にしたくない」。オーベルジュをつくり、雇用を創出できれば島は残せる。東京の店は、そのための足掛かりでもある。■

亮平(はやし・りょうへい)略歴

1976年香川県丸亀市生まれ。立命館大学卒業後、株式会社菊の井に入社。2011年に「菊乃井」本店副料理長、2015年に同赤坂店渉外料理長。主人の村田吉弘氏に師事し、シンガポールエアライン機内食やJR西日本の特別列車「瑞風」のメニュー開発、国際会議や首相官邸での晩餐会の料理も担当。17カ国以上で和食普及のためのイベントに携わる。日本料理アカデミー正会員、食文化ルネッサンスメンバー、Chefs For The Blueメンバー。2018年3月に独立開業。