第28回
チーズ職人のプーリア流「地産」哲学
オステリア セルヴァジーナ
オーナーシェフ高桑靖之氏
東京都豊島区駒込3-2-7リトル駒込1F
https://www.selvaggina.net
03-6903-7020
プーリア、ジビエ、山菜、キノコ、チーズ。イタリア料理店「オステリア セルヴァジーナ」を特徴づけるキーワードである。それぞれを掘り下げると、店主の料理人としての生き方が見えてくる。
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高桑靖之氏は国家公務員として働いたのち、好きなスキューバー関連の仕事に就いた。30歳のときに将来の独立を見据えて調理師学校に入学。卒業後に門をたたいた街場のトラットリアで料理人としてのキャリアをスタートさせる。
日本におけるイタリア料理研究の第一人者である長本和子氏が主宰するプロ向けの現地研修プログラムに参加した際には、長靴の“かかと”にあたるプーリア州を訪れた。その際に加工肉やチーズづくりといった当地ならではの食文化に興味をもち、トリノで半年すごしてからプーリアに移って2店で計1年半研鑽を積む。休日にはプーリア州各地の料理を食べ歩き、加工肉工房を訪ねてサラミや生ハムのつくり方も教わった。
「プーリアは食材に恵まれた土地です。オリーブやトマトをはじめとした農作物はイタリアで随一の生産量をほこります。いっぽうでシンプルに素材を生かすため、料理にはこれといった特徴が見当たらない。名の知れた料理があるわけでもなく、特色を出しづらいので『料理人泣かせ』と言われますね」
「野生」や「自然」を意味するセルヴァジーナを地で行くように、6年前に狩猟免許を取得した高桑氏は、猟期になると関東近県に野鳥を撃ちに行く。カモ、キジ、山バトなどの獲物はシンプルに炭火で焼くか、ラグーに仕立てることが多い。12月初旬の取材日前週には故郷の秋田まで出張ったという。「クマも狙ったのですが、こちらが待ち構えていると出てこない」。この時期はシェフが獲った食材を目当てにジビエ愛好家が店に集う。
春になって猟期が終わると、山菜の季節だ。ノゲシ、カラシナ、カラスノエンドウ。スタッフとともに野山に分け入るだけでなく、「山菜採り名人」である実家の母親からも特大のタラノメやコシアブラが送られてくる。
夏から秋にかけては天然のキノコを採りに行く。初夏はポルチーニ、タマゴダケ、アンズタケ、チチタケなど。秋風が吹きはじめれば、ハナイグチ、クロカワタケ、マイタケといった具合に採れるキノコが変わるそうだ。こうしてセルヴァジーナの1年はすぎていく。
「イタリアの野草と日本のそれは当然ちがうものです。でも、ノゲシはチコリに近いほろ苦い風味を持つし、タラノメはカルチョフィ(アーティチョーク)に見立てることもできる。味の方向性が合うので問題ないし、なにより地元食材を活用する地産地消がプーリア流です。そのフィロソフィーを実践できれば、ぼくは満足です」。可能な限り食材をイタリアから取り寄せて、現地スタイルを忠実にめざす料理人がいるいっぽうで、高桑氏はその根底にある哲学に重きを置く。
写真のオレキエッテは耳たぶの形をしたプーリアの名物パスタだ。そこに合わせたチーマ・ディ・ラーパも当地の特産野菜ではあるが、店で使うのは東京の練馬区で栽培されたものである。チーマ・ディ・ラーパはくたくたになるまでゆで、そこにニンニクとアンチョビーをくわえてソースとし、ほどよい弾力があるオレキエッテと一体化させる。チーマ・ディ・ラーパの苦みと焦がし小麦のほのかなこうばしさが調和した滋味深い味わい。いかにもイタリアの郷土料理といった一皿である。
プーリアの食文化に傾倒する高桑氏がとりわけ力を入れるのが、自家製のチーズづくりだ。修業時代に働いた美食の街チェリエ・メッサーピカの「チブス リストランテ」は立派なチーズ工房を備え、熟成庫には熟成期間が5年を超えるようなカチョカヴァロがごろごろしていたという。独立後もつくって店で提供していたが、コロナ禍を機に店内に工房を設置して免許を取得し、「カゼイフィーチョ」(チーズ工房)をオープンした。東京の八王子にある「磯沼ミルク牧場」のミルクを使って、モッツァレラ、ストラッチャテッラ、ブッラータ、リコッタにくわえ、モッツァレラを乾燥させたスカモルツァや白カビ、青カビまで。
「イタリア人にとってカゼイフィーチョは町の豆腐屋さんみたいなものです。モッツァレラのような足の早いパスタフィラータと呼ばれるタイプと日持ちするチーズをひととおりつくって一定数売ることが、お客さんのためにもミルクを納めてくれる牧場のためにも必要なことなんです」
チーズは店頭で販売するほか、通販でも購入可能だ。
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以前はアラカルトのメニューも用意していたが、いまはコース一本に絞っている。ブッラータにフルーツを添えた一品など、自家製チーズを使った皿もふくめた前菜数品のあとにパスタ2品、肉料理という流れが基本だ。「イタリアではチーズを前菜として食べることが一般的なので、店で提供するときもそれに倣っています」
ワインもプーリア産を厚くそろえる。土着品種のプリミティーボは力強い味わいの赤ワインに仕上がり、現地でもそういった傾向が好まれるそうだ。とはいえ近接する地域のワインもふくめて幅広くラインアップしているので、ソムリエが適宜料理に合わせてくれる。「プーリアは南北に長いので、北と南で料理が異なりますから。コースの内容もそのときに獲(採)れる食材とともに変わります」。そう言われると、季節ごとに訪れて四季の移ろいを感じ、その時どきの自然の恵みを味わいたくなる。■

高桑靖之(たかくわ・やすゆき)氏
1971年秋田県生まれ。国家公務員として5年働いたのちに作業潜水士に転職。30歳のときに将来の独立を見据えて調理師学校に入学。卒業後、都内のイタリア料理店に3年間勤務してイタリアに渡り、トリノで半年、プーリア州に移ってチェリエ・メッサーピカの「チブス リストランテ」、モンテ・サンタンジェロの「イァラントゥーメネ」で計1年半郷土料理を学ぶ。2011年に東京・駒込で「オステリア セルヴァジーナ」を開業して独立。21年に「カゼイフィーチョ セルヴァジーナ」をオープン。22年の「ジャパン・チーズ・アワード」では「駒込リコッタチーズ」「駒込ブッラータチーズ」「トレッチャ・フレスカ」の3品が最優秀品賞を受賞。