
第26回
日本素材で香港「避風塘」を洗練
香噴噴XIANG PEN PEN
オーナー料理人九鬼修一氏
東京都江東区東陽3-16-9
https://www.instagram.com/xiang_pen_pen
03-6458-4267
クリスピーチキン(脆皮鶏)、鮮魚の蒸しもの(清蒸魚)、魚介のニンニク炒め(避風塘)といえば、いずれも「飲食天堂」(飲食の天国)香港を代表する絶品料理である。現地で注文すると新鮮な食材を使った豪快な品が登場するが、「香噴噴 XIANG PEN PEN」のオーナー・九鬼修一氏の手にかかると、デリケートで上品な料理に生まれ変わる。
典型的なのが写真の避風塘だ。台風で漁に出られない船が停泊する場所「避風塘」で食べられていたというのがその名の由来。当地の名物素材である巨大なシャコやプリプリ食感のマッドクラブなどを素揚げして、大量のニンニクと炒め合わせたパンチの効いた料理である。
ところが香噴噴のそれは、旬の魚介をフリットにし(エビの場合は素揚げ)、ニンニクの香りを抑えて食べやすくするために、それぞれ揚げたニンニクとシウマイの皮を1対1の割合で合わせて細かく砕いたものをトッピングする。味つけは塩とコショウだけだ。くわえて旬の野菜のフリットを添えて季節感を演出している。今回はジューシーなズッキーニと半生に火入れしたイチジク。立ち上るニンニクの風味は、まさしく避風塘である。でも、本家よりもずっと洗練された印象だ。
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九鬼氏はおもに広東系の中国料理店などで働き、2017年に東京の木場で担担麺専門店を開業する。23年にもともとやりたかった中国料理とワインの店にリニューアルした。
「店から近いこともあって、豊洲市場には定休日もふくめて足繁く通っています。今日のアナゴは最近気に入っている対馬産。ちょうど質のいいものがあったので仕入れました」。中型サイズのアナゴに衣をつけるが、その際にぬめりをこそげ取った皮側には薄くつけて、皮目のこうばしい食感を残すという。こうしたていねいな仕事ぶりが、食べたときに感じる繊細なイメージにつながるのだろう。
「ベースは経験も長く、中国料理のなかでもいちばん気に入った香港料理です。オリジナルの料理を出すということは考えていません。中国料理が好きでやっているわけですから、そこはこだわりたい。ただ、現地のままだと日本人には味が強すぎるのでマイルドに調整し、日本産の高品質な素材を仕入れ、その扱いに気を配ることで魅力を最大限に引き出すような工夫をしています」
パリッとした皮目が値打ちとされるクリスピーチキンも現地流の丸鶏ではなく、腿一本で加熱していて肉の中心までしっとりと均一に火が入っているのが印象に残った。香港や広州のレストランでは水槽から客が選んだ魚を丸ごと蒸して提供する清蒸魚も、九鬼氏は数日から場合によっては10日くらいねかせてうま味を高めてから調理する。切り身での提供だからダイナミックさには欠けるが、スジアラやクエといった身質がしっかりした魚の場合は、このほうが理にかなっているのだ。
「向こうとは異なり、日本では大勢でテーブルを囲んで食事をする機会はさほど多くありません。2人で来店されたお客さまに魚1尾、鶏1羽を提供するとほかの料理が食べられなくなってしまいますから、その辺の食習慣の違いも考慮に入れています」と九鬼氏はいう。
アルコールはワインと香港産もふくめたクラフトビールをメインにすえているものの、近頃は中国酒にも力を入れる。「ワインはフランスやイタリアの自然派が中心です。夫の料理が繊細の味つけなので、そこに合わせるとそうなりますね。あとは中国・寧夏のワインも用意しています」とサービスを担当する彩也佳氏は話すが、「そうはいっても中国料理なので、中国酒がいちばん合いますから」と九鬼氏は笑う。
甘ったるいイメージを持つ人もいる紹興酒をはじめとする黄酒は、食中酒として適したドライなタイプをはじめ、特色がある銘柄をそろえているのでぜひ試してほしい。度数が高いので敬遠されがちな白酒も、飲み慣れると食欲を刺激してくれるはずだ。
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メニューはアラカルトかコースを選べる。はじめて訪れる場合はコース、2度目以降はアラカルトの注文が多いそうだ。アラカルトは前出の主菜にくわえて、酒がすすむ前菜や広東系には欠かせない湯(スープ)や野菜料理、点心、麵飯ものまで30品以上をそろえる。前述のとおり料理のポーションは抑えめで、客席はカウンターもあるから2~4人くらいで訪れるのがちょうどいいだろう。
「つくりたい料理はたくさんあるし、中国酒ももっと勉強したいです」。年に1回は中国圏を訪れる九鬼氏がつくる料理を通じて本場中国の料理文化を楽しめつつも、地元や東西線沿線の住民に好かれるような親しみやすさをあわせ持つ。ディープな中国料理好きからお洒落に食事を楽しみたいライトな層にまですすめられるありがたい店である。■
九鬼修一(くき・しゅういち)氏
1978年東京都生まれ。調理師学校卒業後、上海料理店や「東魁樓」、「桃亭」、「筑紫樓」丸の内店といった広東料理店に勤務したのち、外食企業に入社して経営のノウハウを学ぶ。昼は担担麺専門店、夜はコースで中国料理を提供する「虎穴」を経て、2017年に東京・木場に担担麺専門店「香噴噴 東京木場」を開業。23年に移転し、中国料理店「香噴噴 XIANG PEN PEN」に業態を転換。サービスとドリンクを担当する彩也佳氏(右)とともに。