風味花伝
旨辛カラブリア料理は師匠「吉田政國」譲り 風味花伝
                    ロザマリーナのアラビアータ            撮影/天方晴子

第24回

旨辛カラブリア料理は師匠「吉田政國」譲り

AL COVO アル コーヴォ

オーナーシェフ今泉 聡氏

 

東京都台東区北上野2丁目26−11SOLASIA residence 1F

https://alcovo2024.official.ec

080-6993-8422

長靴の形をしたイタリアのつま先部分にあたるカラブリア州は、独特な食文化を持つことで知られている。象徴的な食材がトウガラシだ。カラブリアほどトウガラシを多用し、辛い料理を食べる地域はイタリアのみならず、ヨーロッパでもほかに類を見ないとさえいわれる。

中南米原産のトウガラシがこの地に根づいたのは、気候や土壌が原産地に近かったから、あるいは暑さがきびしいうえに食糧資源が乏しい場所なので、食材を長期保存するために防腐作用があるトウガラシを積極的に用いたからと説明されることが多い。その説を裏づけるように、後述するトウガラシを使った発酵食品であるンドゥーヤ(トウガラシ入りサラミ)やロザマリーナ(シラスのトウガラシ漬け)が特産品として有名だ。

辛いもの好きとして興味をそそられるのだが、イタリア料理のなかではマイナーな存在のカラブリア料理を提供する店は東京都内にも数えるほどしかなかった。それが2024年の8月にこの地方の料理を売りにした「アル コーヴォ」が入谷にオープンしたのだ。

オーナーシェフの今泉聡氏は調理師学校卒業後に、カラブリア出身のエリオ・オルサーラ氏が率いる「エリオロカンダ」グループに入社し、のちには大井町にあった「トラットリア ヨシダ」でも働いた。料理人以外で「ヨシダ」の名前を知っている人は、なかなかのイタリア料理通といえるだろう。オーナーの吉田政國氏は日本のイタリア料理界の黎明期を代表する料理人の一人であり、イタリア料理に携わる人にとっては必携の『イタリア料理用語辞典』(白水社)の編者にも名を連ねている。その吉田氏がとりわけカラブリア料理に造詣が深く、自分の店でもカラブリア料理を提供していたのだった。

「この2店をはじめ、ぼくの修業先はカラブリアをふくめた南イタリアにゆかりのある店ばかり。なかでもヨシダでは直接吉田さんの教えを受ける貴重な機会に恵まれました。彼の料理哲学やレシピを後世に伝えるためにも、自分の店では師匠のレシピをもとにした愛着のあるカラブリア料理を提供することに決めていたのです」

写真の料理はロザマリーナをくわえたトマトソースに、カラブリアのご当地生パスタであるフィレイヤを合わせてもらった。フィレイヤは針金や竹串に生地を巻きつけて転がしながら一本一本成形するユニークなショートパスタ。以前ほかのイタリア料理店を紹介した際にもふれたように、中央集権化されていないイタリアにはこういった地方色豊かな食文化が現代まで色濃く残っているのがおもしろい。

ロザマリーナは市販品もあるが、今泉氏はカラブリアで使われる乾燥させた小ぶりのタイプを中心とした3種類のトウガラシ、塩、白ワイン、オリーブオイル、ローズマリーを鮮度のいいシラス(イワシの稚魚。イタリアでは「ビアンケッティ」)と合わせ、冷蔵庫で半年程度熟成させて仕込む。市販品は熟成期間が短いために辛さが前面に出ていることが多いいっぽうで、今泉氏のそれは強烈な辛さだけではなく、発酵によって引き出されたアンチョビのような強いうま味と塩気が感じられる。

ロザマリーナ入りのトマトソースは当然辛みが強いものの、そのあとに発酵したシラス――写真ではわかりづらいが、長期間発酵させてもシラスの形状は保っている――の味わいがくわわるので味に奥行きが生まれる。そのソースが硬めに茹でられたフィレイヤによくからみ、トッピングされたカラブリア名物の赤タマネギの甘さとも調和して食欲をそそるので、汗をかきながらあっという間に完食してしまった。

カラブリアを代表するもうひとつの食材がンドゥーヤだ。今泉氏はこれも自家製を使っている。師匠の方法を踏襲し、ミンチにした豚肉に塩とトウガラシなどをくわえ、さらしを使ってソーセージのように成形。3カ月~半年程度冷蔵庫で熟成させる。熟成期間が長いので、サラミと同じ製法ながらペースト状になり、パンに塗ったり、ロザマリーナと同様にパスタのソースや煮込み料理の調味料として用いたりする。トウガラシは豚肉2㎏に対して500gも入れるそうだから、こちらもそのまま食べると強烈な辛さだ。

ここまで書くとカラブリア料理はすべてが辛いのかと思われてしまいそうだが、むろんそんなことはない。半島の突先で魚介が豊富に獲れるから、マグロのたぐいはグリルやカツレツ、マイワシやヒシコイワシなどの青魚はオイル系のパスタなどに仕立てる。ハーブやオリーブオイルを多用するのもこの地域の特色で、野菜はトマトと一緒にくたくたになるまで煮込むのが一般的だ。「カラブリアはどちらかというと貧しい地域なので、素朴な料理が多いですね」と今泉氏はいう。

店の立地は今泉氏が通った調理師学校から近い場所を選んだ。まわりは住宅街でもあるので、カラブリア料理以外のイタリア料理も提供し、地元の住民にも間口を広げている。「カラブリア料理を目当てにいらっしゃる方と、一般的なイタリア料理店として使ってくださる方は半々くらい」。メニューはアラカルトがメインで、カラブリアをふくめたイタリア南部料理が中心の定番と旬の国産食材から発想した日替わりの料理を用意する。

イタリア料理の伝統的な技術を大事にし、薫陶を受けた師匠の味を継承しつつも、今後はオリジナルのレシピにも挑戦していくそうだ。ロザマリーナも現地流のシラスだけでなく、日本ならではのサクラエビを使って仕込むという。受け継いだイタリア料理の大御所の味が、どのように発展していくのか楽しみだ。■

今泉 聡(いまいずみ・さとし)

1983年茨城県生まれ。地元の高校を卒業してから華調理製菓専門学校に入学。卒業後に「エリオロカンダ」グループに入社し、イタリア料理とイタリア文化に接する。西麻布や銀座のイタリア料理店を経て、大井町にあった名店「トラットリアファビアーノ」(のちに「トラットリアヨシダ」)に入店。オーナーの吉田政國氏からカラブリアの料理や文化を学んだのちに、渋谷の「ボナペティート」やヨシダの後継である「オステリア トゥットソーレ」でシェフを務める。2024年に独立して「アル コーヴォ」を開業。