第22回
「自分が食べたい」フレンチをワンオペ
Haru
オーナーシェフ田中郷介氏
東京都新宿区河田町4-7 Kukai Terrace河田町1F
https://www.instagram.com/haruuuuuuuuuuuuuuuuusan/
(電話番号は非公開。予約、問い合わせは上記インスタグラムから)
フランス料理店「Haru」の田中郷介シェフは、「この人なら間違いなく、おいしいものを食べさせてくれるだろう」と思わせる料理人である。見た目からしてそんな雰囲気をまとっているのだが、それだけの問題ではない。オープンキッチンで作業する田中氏の一挙一動は自然体で無理がなく、火入れをしているときも食材と会話をしているかのように見える。「鴨なら脂をしっかり焼き切って。豚は脂がおいしいから残してあげてね」。料理するのが嫌いな料理人はいないけれど、田中氏はほんとうに楽しそうに料理をするのだ。
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Haruは2019年に四谷三丁目にオープンし、23年に曙橋へ移転した。レストラン業界のトレンドになっているカウンターだけの“ワンオペ店”で、料理はおまかせコースだけ。取材時は税込み1万3200円でデザートを含めて6皿を提供する。
ベッコフやカスレといった地方の伝統料理も出すが、たいていのレシピはオリジナルだ。とはいえ、いわゆるイノベーティブ系ではなく、構成はいたってシンプル。写真の豚のローストは、「説明しなくてもなにを食べたかわかる直感的においしい料理が好き」という田中氏の言葉を象徴する一品だ。それこそ見ればわかるように、ぶ厚くカットされた豚肉が圧倒的においしい。火入れはフライパンとオーブンを併用したベーシックな手法。旨みたっぷりの肉汁を閉じ込めてムギュッとした嚙みごたえに焼き上がった肉を頬張ると、口の中で溶け出した甘い脂と絡み合う。付け合わせは箸休めの焼き野菜、豚肉に寄り添うキクイモのピュレとレンズマメの煮込み。マスタードが効いた古典のソース・ロベールが皿をまとめる。
「自分が食べたい料理をつくっているだけなんです」と田中氏はいう。それでもフレンチ一筋。フランスや修業先で見て、食べて、教わったことがベースになるから、たとえばフランス料理に必須のソースを省くことはない。その一方で、油脂は基本的に老舗専門店「関根の胡麻油」のゴマ油を使うので全体的に軽やかな印象である。「でも、フランス産のバターっておいしいんですよね。そこはメリハリをつけて、使うときにはふんだんに使っています」
こうしたフレキシブルな姿勢は、変幻自在のコースの組み立てにも表れている。たいていの店は1品目は冷前菜と決まっているが、寒い日に訪れれば最初に熱々のグラタンを出してくれる。続いて魚の前菜、魚料理と続き、「つぎはなんだろう?」と思っていると肉の煮込みが登場したりする。目の前ではメインの肉のローストが出番を待っているから、肉料理が2品続くのかと意表を突かれる。
「ご指定がなければ、メインは基本的に焼いた肉です。肉用のナイフとフォークを使ってローストを食べるというのはレストランの醍醐味だし、テンションが上がるじゃないですか。でも、寒いときには煮込みも食べたくなりますよね。だから肉料理を2品続けて出すことは結構ありますよ」
要するに田中氏自身が、食べることが大好きなのである。だから同じ食いしん坊の気持ちがわかるわけだ。2回目以降の来店であれば、事前に連絡をして好みの料理を出してもらうこともできる。魚をメインに、ジビエが食べたいなど、なんでも言ってもらえればというのだから頼もしい。
こうした営業スタイルゆえに、Haruを訪れると自分だけ特別扱いをしてもらっているような優越感を覚える。それは田中氏の接客にも起因する。「話すのが好きなんです。学生時代はアルバイトでバーテンダーをしていたこともありますし」。人件費を節約するため、あるいは従業員との軋轢を避けるためといったネガティブな理由から一人営業を選択する料理人が少なくないなかで、田中氏にとって“ワンオペ”は自分に合った形態だという。
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「すべて見られているし、はじめてのお客さんとも話さないといけないから毎日緊張していますよ。でも、それを楽しめるかどうか」。ワインリストはあえて置かずに料理に合ったワインを飲み手のペースを見ながら出してくれる。「この前ラングドックの人口が200人くらいしかいない村にあるワイナリーを訪れたんです。何代も続く老舗で、よく来たなといろいろ試飲させてくれて楽しかったなあ」。そんな血の通った話を聞きながら目の前で調理された料理をワインと一緒に流し込む。おいしいものを飲み食いするのが生きがいというような人間には、こたえられない店である。■
田中郷介(たなか・きょうすけ)氏略歴
1979年神奈川県生まれ。大学ではフランス政治を専攻。卒業後に1年間の会社員生活を経て、「エコール 辻 東京」に入学。フランス・ブルゴーニュの名門「オテル レストラン ラムロワーズ」で半年間研修を受ける。卒業後は代々木八幡の「プティバトー」、横浜の「ストラスブール」(現「ストラスヴァリウス」)といったフレンチの名店で研鑽を積んだ。その後、青山の「トリニテ」、駒沢の「ビストロコンフル」、渋谷の紹介制レストラン「エレゾハウス」でシェフを務め、2019年に独立。