風味花伝
奥深い台湾の味、福建、客家、先住民が混在 風味花伝
                蒼蠅頭 花韮とピータンの挽肉炒め      撮影/天方晴子

第21回

奥深い台湾の味、福建、客家、先住民が混在

台湾チャイニーズ 天天厨房

オーナー料理人謝 天傑氏

 

東京都世田谷区粕谷4-18-7

https://www.instagram.com/tentenchubo

03-6754-6893

台湾は海外旅行先として抜群の人気で、現地の料理を楽しみに出かける人も少なくない。とはいえ国内でもチェーン展開している有名小籠包店に日本人観光客が行列しているというような話を聞くと、台湾まで行って食べなくてもといいたくなる。そこで気になるのは、「本物の台湾料理とはなんなのだろうか?」ということである。今回は京王線沿線の千歳烏山に店を構える「台湾チャイニーズ 天天厨房」の謝天傑氏に店で提供する料理を紹介してもらいつつ、この疑問に答えていただいた。

まずは謝氏の経歴から紹介しよう。台北からバスや鉄道で30~40分の場所にある港町の基隆キールンに生まれて料理人の道を選び、24歳のときに来日。日本語を勉強しながら調理師学校に通って、日本料理の食材使いや技法を覚えるために和食店で研鑽を積んだ。パクチーをテーマにしたレストランで料理長を務めたのちに、故郷の味を伝えるために同店を開業。撮影に訪れた2024年10月10日の双十節(国慶日:台湾の祝日)に、ちょうど11周年を迎えた。

「日本では知られていない台湾料理を食べてほしいと思って、メニューをコース一本に絞ったこともあるけど、住宅街という立地ではむずかしいところもありました」。地元住民にも楽しめるようになじみのある料理を提供しつつも、ディープな台湾の味も知ってもらう。その両立を図るために、いまはコースとアラカルトの二本立てで営業している。アラカルトで注文しても最初の一皿として干し豆腐の香菜和え、シジミの醬油漬け、エビの紹興酒漬け、フルーツとチーズの金柑ソース和えなどの前菜の盛り合わせを出してくれるから、誰しもが後述する台湾料理のエッセンスを体験できるという仕掛けだ。

単品メニューとしては牡蠣オムレツ、腸詰などの屋台料理やアニメ映画で有名になった肉圓バーワンといった比較的メジャーな品もあるが、ぜひ食べてほしいのは、金針菜をはじめとする台湾野菜と好みの魚介を合わせることができる炒めもの、野菜や魚のすり身を湯葉で巻いて揚げた基隆名物の鶏捲ジィジュエン、発酵高菜と、豚肉を甘く煮込んだ客家料理の梅干菜メイカンツアイ扣肉コウロウといった同店ならではの料理だ。

写真のピータンを使った蒼蠅頭ツァイントウも台湾では定番だが、日本ではあまりお目にかからない。台湾のピータンは、灰ではなく茶葉に漬けるために中国産にくらべて味わいがマイルドで、現地では醬油とカツオ節をかけて食べたりもするという。このピータンと花ニラをきざみ、挽肉に甜面醬、五香粉、台湾のとろみ醬油などを合わせた肉味噌、豆豉、ニンニク、トウガラシなどと一緒に炒め合わせた料理で、ピリ辛で濃いめの味つけだからご飯がすすむことこのうえない。

さて、ここまでランダムに料理名を挙げてきたが、冒頭の疑問にもどろう。17世紀末から日本に占領される19世紀末まで、台湾は清朝(中国)の統治下にあった。その間、福建省からの移民が増加したので、いまの台湾料理の多くはこのときに伝えられた福建料理にルーツをもつ。「福建料理は素朴であっさりしたものが多いですね。数あるスープ料理も有名です」。前出の鶏捲ももとは福建料理だ。

彼らとともに台湾に移ってきたのが客家と呼ばれる人々である。「客家の料理は脂っこくて、味が濃い」。いまでも高雄市や新竹県、桃園市に彼らのコミュニティがあり、こういった地域の街中には客家料理店が軒を連ねている。さらに国共内戦に敗れた蔣介石が台湾に逃れるときに四川省や浙江省から料理人を連れてきたので、とくに四川料理の影響は随所に見られるという。

そのいっぽうで大陸から移民がやってくる前からこの地で暮らしていた先住民の料理があり、彼らはいまも台東を中心に生活している。「先住民の料理は、いわば山の料理。発酵文化が発達していて、生の豚肉をトウガラシと一緒に発酵させたり、フルーツを豆麹で発酵させてジャンに加工するといった独特な調理文化が見られます」。最近、注目を集めている馬告マーガオも彼らが使うスパイスだ。天天厨房でも期間限定で先住民料理を提供するだけでなく、今後は日本統治時代の文献をもとに失われつつある古い料理もつくっていきたいと謝氏は話す。

「福建料理に四川などの影響がくわわり、客家、先住民の料理とともに混在しているのが台湾料理というわけです。それぞれが融合しているというよりは、どちらかというと独立して存在しているイメージですね」。それが台湾料理という概念を捉えにくくしているのかもしれないが、複雑な歴史をたどったことによって独自の料理文化が発達してきたともいえる。

以上が台湾料理の概要だが、なにも堅苦しく考えることはない。カウンターがメインのアットホームな店だから、接客を担当するフレンドリーな謝氏の奥さんにおすすめを聞いて、知らない料理にどんどん挑戦してみてほしい。たとえ未知の料理であっても、日本人の口に合うように素材を生かして調味されているので心配は無用だ。くわえて台湾では食事中に酒を飲む習慣がないため、食中酒として料理に合わせた日本酒も提供してくれる。

身近な場所であるゆえに知っているつもりだったが、じつは台湾料理についてよくわかっていなかったという向きも少なくないのではないか。そういった人こそ天天厨房を訪れ、その多様性や奥深さに触れてほしい。台湾旅行の前に予習として訪れるのもおすすめだ。

謝 天傑(しゃ・てんけつ)氏略歴

1980年台湾・基隆生まれ。台湾で中国料理を勉強したのちに24歳のときに来日。調理師学校や和食店で日本料理の技術を学ぶ。東京・経堂にあった「パクチーハウス」の料理長を経て、2013年10月に「台湾チャイニーズ 天天厨房」を開業して独立。現在も年に1回は研修で台湾各地を訪れ、現地の情報を収集している。