風味花伝
脱ソーセージで「ドイツ」の旬と風土 風味花伝
            夏鹿のシュニッツェル         撮影/宮本信義

第20回

脱ソーセージで「ドイツ」の旬と風土

Blauer Engelブラウアー エンゲル

オーナーシェフ山口雅鷹氏

 

東京都千代田区三番町18−19 アルテビル地下1階

https://www.blauerengel-restaurant.com

03−6826−9856

東京にはこれだけ西洋料理店があるのにもかかわらず、そのジャンルはかなり片寄っている。イタリア料理とフランス料理が圧倒的で、次いでスペイン料理が健闘しているくらい。歴史的に日本と関係が深いドイツも知名度のわりには料理店がきわめて少ない。「銀座ライオン」のようなドイツ風ビアホールでなく、レストランに限定するとなおさらだ。そんなブルーオーシャンの市場で2023年に開業し、孤軍奮闘しているのが市谷のドイツ・オーストリア料理店「ブラウアー エンゲル」である。

オーナーシェフの山口雅鷹氏は、ドイツ料理一筋。調理師学校時代の同級生がイタリアンやフレンチの世界にすすんでも、ブレずに自分の好きな道を選んだ。「父親がドイツから機械を輸入する仕事に就いていたので、子供のころからなじみがあったんです。ところが、日本ではドイツ料理の人気はいまいち。僕が勤めてきたドイツ料理店も半分以上が閉店してしまいました。それでも日本人に知られていない魅力がたくさんあるので、自分の店でできるかぎり伝えたいですね」

手はじめに「ドイツ料理=ソーセージ」という固定観念の払拭をめざしたという山口氏。「大方の日本人はソーセージをつまみに大きなジョッキでビールを飲むイメージがあると思いますが、これはミュンヘンをはじめとする南部の習慣です。ほかの地域ではソーセージを食べることがあっても、あくまで家庭料理の位置づけ。レストランでソーセージを提供することはまずないんです。なぜって専門店で買ったものを焼くだけ、茹でるだけでおいしいから、わざわざお金を払ってまで店で食べないということですよ」と笑う。

しがたって同店のメニューにはソーセージの代わりに、ドイツらしい季節の食材を用いた料理が並ぶ。まずは、なんといってもシュパーゲル(ホワイトアスパラガス)である。今回は時季はずれで撮影できなかったが、ドイツでは「食べる象牙」などと称され、春先には人々がこぞって買い求める特別な素材。それをスープ、マリネ、ソテーなどに仕立てて提供する「シュパーゲルコース」は、日本にいながらにして現地の雰囲気を味わえる同店ならではの贅沢な体験だ。

夏になるとフィファリンゲ(アンズタケ)が旬を迎える。こちらはフルーティーな香りを生かしてスープやズルツェ(ゼリー寄せ)に調理。季節がめぐり秋には香り豊かなシュタインピルツ(ポルチーニ)にキノコの種類が変わる。

一方で狩猟シーズンになると食べられる野生のシカは、写真のシュニッツェルに仕立てるのが定番だ。衣をつけて揚げるおなじみのタイプではなく、同店では味わいを生かすためにエゾジカのフィレ肉を薄くたたいてさっとソテーする。ドイツ人の好物であるコケモモのジャムを加えた赤ワインソースの独特の酸味とかすかな苦みがシカの繊細な風味に調和する一品は、蕎麦の実のブレーツェル、信州まつもと豆腐店「田内屋」のおから入りゼンメル(ロールパン)などの自家製カイザーとともに提供する。

こうした季節の食材にくわえ、「広大な国ならではの地域性も魅力」と山口氏はいう。「北部は海に面しているのでサーモンやニシンなどの魚介も食べるし、西部の農村では馬肉を使った独特な食文化があったりします」。隣接するフランスやオランダ、ベルギー、東欧諸国の料理との共通点も多いし、イタリアの専売特許と思われがちなパスタもある。押し出し式の短い麵をやわらかくゆでた「シュペッツレ」がそれで、同店でも「ケーゼ・シュペッツレ」(チーズのシュペッツレ)のほか、サマートリュフなどと合わせた季節限定のメニューも用意している。

「当店の料理は厳密にいうと『ドイツ語圏の料理』ということになるのですが、かならずしも現地の味をそのままのかたちでお出ししているわけではなく、お客さまが親しんでくれるように日本らしい食材も積極的に採り入れるようにしています。堅苦しいことは抜きにして、まずはドイツ周辺には多彩な料理があるんだということを知ってもらうことが大事ですから」

メインのカウンター席に座ればドイツ語圏ならではの料理文化にまつわる興味深い話に耳を傾けつつ、ソムリエ資格をもつ山口氏が選んだドイツ周辺のワインやビール、蒸留酒とともに食事を楽しめる。料理はアラカルトでもコースでも注文可能だ。大人数なら奥のテーブル席に陣取って豚すね肉のロースト「シュヴァインスハクセ」やその塩ゆで「アイスバイン」を注文して豪快にかぶりつくといい。華のあるイタリアン、フレンチも悪くはないが、たまには目先を変えてちょっと渋めのドイツ料理を味わってみてはいかがだろうか。■

 

山口雅鷹(やまぐち・まさたか)氏略歴

1984年東京都生まれ。調理師学校卒業後、外食店でアルバイトをしながらドイツ語を学ぶ。その後、食品輸入商社のレストランを皮切りに数店のドイツ系の料理店に勤務。25歳からはシェフを務め、この間に研修で何度もドイツを訪れる。直近では赤坂のドイツ文化会館内のレストランでシェフをまかされ、2023年6月に「ブラウアー エンゲル」を開店して独立。