風味花伝
ロマーニャ「おばあちゃんの味」は茶色 風味花伝
        リコッタを詰めたカッペレッティ ディーヴァおばあちゃんのラグー          撮影/天方晴子

第17回

ロマーニャ「おばあちゃんの味」は茶色

girotondo(ジロトンド)

シェフ 阿部修久氏

オーナー 村上裕一氏

東京都千代田区神田神保町1-36-1 新神保町ビル 1F

https://www.instagram.com/girotondo_jinbouchou

03-5244-5245

イタリア料理はフランス料理のように体系化されていないので、いまでも地方色が豊かだ。北から南までそれぞれの地域に、その土地自慢の料理が存在する。半島の付け根に位置する北東部のエミリア=ロマーニャ州にも、山の幸を用いた滋味深く、しみじみおいしい魅力的な料理がたくさんあるが、派手さに欠けるためか、ほかの地方にくらべて日本では馴染みが薄いかもしれない。

東京・神保町のイタリア料理店「ジロトンド」で腕をふるう阿部修久氏は、ロマーニャの片田舎にあるトラットリアで経験を積んだ。この地方ならではの多彩な手打ちパスタに興味があって修業先として選んだものの、居心地がよくて気づけば計6年も世話になっていた。「予定の1年が経ったときに店の方が『残るなら残っていいよ』といってくれて。料理人としてだけでなく、自分を家族として認めてくれたのがうれしかったですね」。彼らとはいまも交流が続き、阿部氏にとっては第二の故郷とも呼べる場所だという。

阿部氏が帰国し、勤め先を探していたときに出会ったのがジロトンドのオーナーであるソムリエの村上裕一氏だ。ジロトンドでは初代のシェフが退職し、ちょうど料理人を探していた。募集にあたって村上氏は、「料理だけでなく、パートナーとして一緒にやっていけるかどうか」を重視していたが、その点にくわえて「自分もかつて働いていたことがある地域で彼が修業していたと聞き、素直にうれしかった」とふり返る。こうして2019年3月から、ジロトンドは新体制での営業をスタートした。

店で出すのは、当然のことながらエミリア=ロマーニャの料理が大半だ。写真は「小さな帽子」を意味する詰めものパスタ「カッペレッティ」。ロマーニャではチーズをつくる際に出たホエイを原料にしたリコッタをパスタに詰める。「どちらかというと貧しい地域ですから、こういった素朴な仕立ての料理が多いんです。そこにぼくは惹かれました」と阿部氏はいう。

カッペレッティにからませるラグーは、修業先の創業者である“ディーヴァおばあちゃん”のレシピだ。リコッタに効かせたレモンの香りこそやや際立つが、牛と豚のラグーはやさしい味わい。この料理に象徴されるように、エミリア=ロマーニャの料理はとがったところがなく、全体が調和され、かつ茶色っぽい。「イタリア産のグリーンピースを使うときも変色するまで煮ちゃいます。そのほうがおいしいし、それが現地のやり方ですから」。色鮮やかな食材やソースをもちいて、視覚でも食べ手を楽しませる洗練されたレストランの品とは対照的で、あくまで味本位ということだ。

料理のレパートリーは「何百にもなるはず」だそうで、そのなかから日替わりで前菜10品弱、パスタ類6~7品、メイン料理5~6品をメニューに載せている。参考までに2月上旬に訪れた際に注文した品を中心に紹介すると、まずは野菜やインゲンマメとパンを煮込んだ「リッボリータ」。この料理のような心も身体も温まるやさしい味わいの煮込みやスープは、ぜひ最初に味わってほしい。つづいてポレンタを添えたイイダコの煮込み、仔羊の挽肉をちりめんキャベツで包んだ一品といった気になる前菜を何品か。さらにプリミは、カッペレッティをはじめとする手打ちのパスタがはずせないが、州の東側は海に面しているので魚介系のパスタやリゾットもラインアップしていて、それらも捨てがたい。メインでは阿部氏も好きだという煮込み系の料理がおすすめだ。イノシシ、ウサギといった現地らしい食材をそのつど用意してくれている。

阿部氏のほっとする味わいの料理とともに味わうのは、経験豊富なソムリエの村上氏が選んだイタリア産を中心としたワインだ。レストランでは料理が主役。そこにワインを合わせるのが、自分の仕事だと村上氏は話す。その言葉どおり、阿部氏はのびのび、いきいき好きな料理をつくっているように見える。彼らが醸す温かい雰囲気もこの店の魅力である。■

 

阿部修久(あべ・のぶひさ)氏略歴=写真左

1984年神奈川県生まれ。調理師学校卒業後、神奈川県内のトラットリアを経て渡伊。トリノで半年間研修し、ロマーニャ地方のトラットリア「ロカンダ・アル・ガンベロ・ロッソ」に計6年勤める。2018年に帰国し、19年3月から「ジロトンド」のシェフ。

村上裕一(むらかみ・ゆういち)氏略歴=写真右

1973年、新潟県生まれ。大学卒業後にイタリアに渡り、ローマのリストランテ「アンティーコ アルコ」などでソムリエとして働く。イタリア時代にはワイナリーでワインづくりも経験し、日本では長野県や群馬県の農家に住み込んで農業にも従事した。東京・江戸川橋の「リストランテ ラ バリック トウキョウ」の支配人などを経て、2016年12月に神保町で「ジロトンド」を開業。