第16回
「独創より昔ながら」のビストロ職人愛
ビストロ アマノ
オーナーシェフ天野直樹氏
東京都千代田区神田神保町2-20 東明ビル1F
https://www.instagram.com/bistroamano
03-6272-8310
日本で「ビストロ」という言葉が定着してすでに久しい。ビストロが「レストランよりも気楽に食事とワインが楽しめるフランス料理店」を指すという認識も、ある程度共有できているようだ。本場フランスのビストロではかならずしも古風な料理が出てくるわけではないが、日本のビストロといえば伝統的な仕立て、豪快な盛りつけ、力強い味わいの料理が相場となっている。
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こうした“日本の正統派ビストロ”を地で行く店が東京・神保町の「ビストロ アマノ」である。オーナーシェフの天野直樹氏は、もともとレストランの料理人としてキャリアを歩んでいた。しかしながら、フランスに留学していたときに触れたリヨンやアルザスの郷土料理が強烈に印象に残り、いまでは老舗といわれる都内のビストロに20代のころから足を運んだ。「イノベーティブな料理を多皿のコースで提供するレストランよりも、フランスの郷土料理がお腹いっぱい食べられる日本のビストロに惹かれました」。
2020年に東京の神保町で開業した天野氏の店のメニューボードが、クラシックなフランス料理で埋め尽くされているのも当然の成り行きというわけだ。フランス料理好きなら目移りすることが必至の献立のなかでも、ひときわ目につくのがシャルキュトリー(食肉加工品)のラインアップ。豚肉のリエット、ロースハム、パテ・ド・カンパーニュ、マグレ鴨の生ハム、ソーシス・ジャンボン、鶏もも肉のハム、セルヴラソーセージ……など10種類近くを用意する。これらを盛り合わせたシャルキュトリー盛りだけで、いくらでもワインが飲めてしまう。
このシャルキュトリー、フランスでは専門の職人がつくるのが一般的だが、日本では料理店で仕込むことがめずらしくない。天野氏も日仏のレシピ本などを参考に、独学で試行錯誤を続けてつくっている。ブーダン・ノワール(血のソーセージ)など、前菜や主菜のカテゴリーで提供しているものを含めると、その数は15種類にものぼる。なかなかたいへんな作業だと思うが、「毎日、なにかしら仕込んでいますね」と天野氏はこともなくいう。
シャルキュトリーに続く前菜には、皿からあふれんばかりに盛られたリヨン風サラダや魚介のうま味たっぷりのスープ・ド・ポワソン、リヨンの名物料理であるクネル(魚のすり身)といった定番のフランス料理が並ぶ。メインもまた然りで、アンドゥイエット(モツのソーセージ)、仔羊のロースト、鮮魚のポワレといった王道メニューを5~6品用意する。
写真のカスレも自信作、かつ天野氏の好物のひとつである。インゲン豆を煮込んでからオーブンで焼いたこのフランス南西部の郷土料理には日本でもファンが多く、店ごとにさまざまなレシピが存在する。天野氏のそれはコショウ、クミン、コリアンダーといったスパイスを効かせて豚の皮などと一緒に丸1日煮込んだ白インゲン豆に、鴨のコンフィ、プティ・サレ(豚の塩煮込み)、豚のソーセージをくわえた豪勢な仕立てだ。肉のうま味を吸ったホクホクの豆は、スパイスの効果もあってあとを引くおいしさ。塩気の効いた肉類からあふれ出る油脂とゼラチンをフランス南西部の果実味豊かなワインで流し込めば、これ以上ない背徳的な快楽を得られる。
「ぼくは『自分らしい料理』というものにはあまり興味がなくて。カスレもそうですが、『名前のあるフランス料理』が好きなんです」。フランス料理の世界では独創性を競い合う料理人が少なくないなかで、天野氏は昔からある名の知れた料理を突き詰める。職人肌と形容すればいいのだろうか。
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そんな実直な料理人がつくる本寸法の料理には、サービスを担当するソムリエの妻・通子さんが手頃な価格のワインを選んでくれるから、がつがつ食べて、ぐびぐび飲める。王道のフランス料理を気取らずに満喫できるアットホームな店である。■
天野直樹(あまの・なおき)氏略歴
1981年埼玉県生まれ。国内の調理師学校卒業後に、フランスに1年間留学。その間、アルザス地方のレストランで研修を受ける。帰国後はフランス料理店やウエディング企業などを経て、東京・表参道にあった「ラルテミス・ペティアント」で修業。同・日本橋の「ビストロ トラディシオン」のシェフを経て、2020年に独立開業。