第13回
室内オーケストラ、名古屋の味わい
名古屋には東京、大阪とはちょっと違うオーケストラの文化がある。老舗(1966年発足)の名古屋フィルハーモニー交響楽団は愛知県、名古屋市の他に地域最大の企業であるトヨタ自動車のスポンサーシップを受け、セントラル愛知交響楽団(1983年発足)は産業用ロボット商社ダイドーの山田貞夫社長が理事長も兼ねて支える。愛知室内オーケストラ(ACO=2002年発足)は2020年に名古屋市本拠の医療法人、葵鐘会(愛称ベルネット)が支援に乗り出した。民間主導のオーケストラサポートでは全国きっての先進地、あるいは古き良き時代のタニマチ文化「最後の砦」なのである。
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名古屋フィル、セントラル愛知響がフル編成のシンフォニーオーケストラなのに対し、ACOは基本36人の文字通りチェンバー(室内)オーケストラ。2002年、愛知県立芸術大学音楽学部出身の若手奏者が自主的に組織した。日本指揮界の最長老、厳格極まりない指導で恐れられてきた外山雄三(1931年生まれ)が1990年から2015年まで四半世紀にわたって愛知県立芸術大学管弦楽団にスパルタ教育を施した。2021年にACO弦楽器アドヴァイザーに就き、自らヴィオラのトップに座ったり、協奏曲のソロを務めたりする川本嘉子(名古屋出身)は桐朋学園の出身だが、各地のオーケストラで外山の指揮も経験、「その指導の成果がACOの基盤にもしっかり根付いている」と指摘する。
2015年から6シーズン、ACO初の常任指揮者を務めた新田ユリはフィンランドで研鑽を積んだ北欧音楽のスペシャリスト。2019年には日本とフィンランドの外交関係樹立100周年を記念し、ACO初の海外ツアーをヘルシンキ、リエクサの2都市で成功させた。2020年にはベルネットの支援が本格化する。
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葵鐘会の山下守理事長は名古屋大学卒業の産婦人科医だが、慶應義塾大学大学院でMBA(経営管理学修士)を取得するなどで経営手腕を磨き、中京圏を中心に20以上の病院を展開する。熱心な音楽愛好家として知られ、医療法人の文化事業アドバイザーにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席ファゴット奏者、ソフィー・デルヴォーを迎えた。
ACOは山下(オーケストラでは理事の1人)の下で事務局を強化、川本の他にオーボエの山本直人、ティンパニの安江佐和子ら名手を客演首席に据え、ゲストコンサートマスターにも有名ソリスト、東京や大阪の楽団の首席を招いて演奏能力に一段の磨きをかけてきた。創立20周年を機に定期演奏会をAB2シリーズ各10回(計20公演)に整理、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団でヘルベルト・フォン・カラヤンのアシスタントを務めた山下一史(1961年生まれ)を初代の音楽監督に招いた。「山下&山下」体制の下、ACOの躍進は目覚ましく、名古屋楽壇の「台風の目」的存在に躍り出た。
2022年12月14日、愛知県立芸術劇場コンサートホールで行われた特別演奏会「ACO20周年特別企画Part3〜東混シリーズ第2回」は山下一史の指揮、東京混声合唱団(合唱指揮=キハラ良尚)と森谷真理(ソプラノ)、池田香織(メゾソプラノ)、福井敬(テノール)、黒田博(バリトン)によるヴェルディの「レクイエム(死者のためのミサ曲)」。巨大編成でスペクタクルに演奏されがちな名曲だが、ACOは「10型」(第1ヴァイオリン10人)と小ぶりのオーケストラ、プロ60人で少数精鋭の合唱、日本を代表するオペラ歌手4人の音楽は穏やかな祈り、しみじみとした味わいに貫かれ、ACO独自の魅力も存分に発揮した。この曲を得意にしたカラヤンから授かった無数のアイデアが書き込まれたスコアを携えた山下は終演後、「本来、これくらいの編成にふさわしい作品なのかもしれません」と語り、室内オーケストラとの共同作業にさらなる可能性を覚えていた。■