通奏低音
イタリアオペラは座間をみろ! 通奏低音
         今年の座間オペラは2本立て公演で、その一つ「修道女アンジェリカ」で題名役を演じる竹多倫子 =撮影&写真・星野渉

第11回

イタリアオペラは座間をみろ!

神奈川県中部に位置する「座間市」と聞いて米軍キャンプの存在、1995年に閉鎖した日産自動車の工場は思い出しても、極めて高水準のイタリアオペラの上演地と知る人はほとんどいない。同市で2008年に発足した株式会社組織の制作チーム「オペラ・ノヴェッラ」が公益財団法人の座間市スポーツ・文化振興財団から受託、毎年9月最初の日曜日にイタリアオペラ全曲(舞台演出付き)をハーモニーホール座間大ホールで上演する。

1980年代以降、全国のホール建設ラッシュや地方創生の掛け声を背景に「地域オペラ」が急増した。その多くはアマチュア主導、地元の題材に基づく日本語の創作オペラで質も玉石混交だったため、ブームの冷却は早かった。生き残ったチームはプロとアマチュアがよくかみ合い、名作オペラに独自の視点を提示、他の地域からも観客が訪れるような魅力を備えている。座間のオペラ・ノヴェッラは代表取締役で演出家の古川寛泰、ドイツ語圏の歌劇場でカペルマイスター(楽長)経験を積んだ指揮者の瀬山智博が時間をかけて基盤を固め、2021年の市制50周年記念公演「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」(ヴェルディ)で初めて評論家やジャーナリストを招き、外部の評価を問うた。

オペラ・ノヴェッラの演出家、古川寛泰

オペラ・ノヴェッラの指揮者、瀬山智博

筆者もその1人だった。世界の歌劇場でも滅多にない完全ノーカット上演、内外の一線で活躍する若手〜中堅の実力最優先キャスト、台本と作曲の意図を深く読み込んだ正攻法の演出、アマチュアを交えた合唱団に至るまで美しく整えられたイタリア語の発音、「6型」(第1ヴァイオリン6人)と小編成のテアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラから信じられないほど豊かな響きを引き出し、緩急自在に歌わせる指揮……と、すべてが「あるべきところに収まった」上演水準の高さに目をみはった。古川は元々イタリアにも留学したテノール歌手だった。2015年に脳卒中で倒れ、今も右半身麻痺の後遺症が残るが、イタリアで最先端のリハビリを受けて言語障害を克服した。2018年に「イタリアで受けた愛情を生かす」との決意で、演出専従に転じた。

2022年9月4日には「カヴァレリア・ルスティカーナ」(マスカーニ)と「修道女アンジェリカ」(プッチーニ)の2本立てを古川演出、瀬山指揮で上演した。前者の清水華澄(サントゥッツァ=メゾ・ソプラノ)、藤田卓也(トゥリッドゥ=テノール)の主役コンビ、後者のヒロイン竹多倫子(ソプラノ)はそれぞれの役柄で目下、日本屈指の実力者。声の輝き、ディレクションの確かさ、演技の迫力とも申し分ない。「アンジェリカ」の修道女たちはオーディションで選ばれた新人中心で、古川がテレワークも交え、マンツーマンで指導して竹多に拮抗できるまでのアンサンブルに仕上げた。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」のサントゥッツァを演じる清水華澄(左)=撮影&写真・星野渉

2作品に共通するのはイタリアのキリスト教社会の価値観、聖母マリアに対する思い。古川が造形した舞台は十字架、マリア像が象徴的に用いられ、自身の「宗教画への傾倒、その構図や色彩に通じる演出」を美しく視覚化した。瀬山も相変わらず隙がなく、オペラの現場で鍛えた緩急自在のリードで、確かなオペラのカタルシスをもたらした。

来年の9月3日に座間まで足を延ばし、イタリアオペラの名作に涙するのは悪くない。百聞は一見にしかず、というより「座間をみろ!」の方が適確なキャッチフレーズか?