第8回
障がい超えて川崎とドレイク・ミュージックの「組曲」
英国の公的な国際文化交流機関ブリティッシュ・カウンシルは2022年3月3日、「オーケストラ・ホールと地域との新たな関わり ~かわさき♪ドレイク・ミュージック プロジェクトを振り返りながら」と題したオンライン・フォーラムを主催した。
私は「音楽の友」誌(2022年2月号)特集記事「忘れがたいこの1曲!」に、ミューザ川崎シンフォニーホール「フェスタサマーミューザKAWASAKI2021」のフィナーレコンサート(8月9日)で、原田慶太楼指揮の東京交響楽団が世界初演した「かわさき=ドレイク・ミュージック アンサンブル」創作の《かわさき組曲》を挙げた縁から、パネル・ディスカッションのモデレーターを務めた。色彩感豊かで、心にしみる作品だった。
かつて京浜工業地帯の中核として高度成長期の繁栄と公害――光と影を体験した川崎市は工場移転や再開発を通じ、研究開発職とパフォーミングアーツ関係職に携わる人口が全国一となり、市内に音楽大学2校(昭和音楽大学と洗足学園音楽大学)を擁する。市制80周年の2004年、「音楽のまち・かわさき」の街づくり構想を打ち出し、ミューザ川崎のシンフォニーホールをオープン、東京交響楽団(東響)のフランチャイズ(本拠)とした。
2017年には「東京パラリンピック2020」をにらみ、英国のアート団体ドレイク・ミュージック、ブリティッシュ・カウンシルと共同で「かわさき♪ドレイク・ミュージックプロジェクト」を開始。障がいのある人、ない人の別を問わず、積極的に音楽と関われる環境の整備を目指した。
ドレイク・ミュージックは、1990年代後半から英国内の演奏家、作曲家、プロデューサー、テクノロジスト、デザイナー、セラピスト、企業関係者らを巻き込み、音楽の現場で持続するダイバーシティ(多様性)と共生を深めている。「障がいを〝治す〟のではなく〝取り入れ〟、バリアをなくす」発想を基本に、ロンドン交響楽団やロンドン・フィルハーモニック、ロンドン・シンフォニエッタなどの演奏団体、バービカンセンターをはじめとする演奏会場を巻き込む一方、ITを駆使したテクノロジー活用にも熱心だ。
川崎市でもピアニストの浜野与志男ら一線のソリスト、東響楽員らプロの音楽家、特別支援学校関係者らにドレイクの理念、手法を伝えるトレーニングから始めた。2021年5月から7月にかけては市内の特別支援学校3校の生徒27人と18人の教員、13人の日英音楽家が延べ20回のワークショップを実施した。最終的にはヴェルディのオペラ《アイーダ》を聴きながら得た感情、イメージから楽想をまとめ、英国側ドレイクの作曲家ベン・セラーズが《かわさき組曲》の体裁を整えた。
2021年4月に東響正指揮者に就いた原田は、17歳で米国へ渡り、児童心理学も修めた背景もあってプロジェクトに深く関わり、セラーズと何度も打ち合わせを重ねた。コロナ禍で子どもたちが舞台で一緒に演奏することは断念したが、客席最前列に招き、世界初演に同席してもらった。
ロンドンからパネル・ディスカッションに参加したドレイク・ミュージックのカリーン・メイア代表、東京側の浜野、ミューザ川崎シンフォニーホールの山田里子・事業課長補佐、東響の桐原美砂フランチャイズ事業部課長と池田の全員が「《かわさき組曲》の初演成功は、大きな目標の小さな第一歩。今後もあらゆる資源、エネルギー、スポンサー資金を巻き込み、オーケストラ楽員やソリストらプロ音楽家、ホール、障がいのある人、一般聴衆(市民)、地域社会が一体になった共生の場を究めよう」との意思で一致した。■