通奏低音
「お祭り男」指揮者が無観客ライヴ 通奏低音
東京交響楽団の無観客公演を指揮する原田慶太楼(2020年3月14日、ミューザ川崎シンフォニーホール)撮影=青柳聡、写真提供=同ホール

第4回

「お祭り男」指揮者が無観客ライヴ

原田慶太楼という指揮者をご存知ですか?1985年、東京都品川区に生まれた35歳。生粋の日本人だが、4歳からインターナショナルスクールに通い17歳で渡米、2006年前後にプロ活動を本格化させた。2015年にオハイオ州のシンシナティ交響楽団アソシエート・コンダクター、2020年にジョージア州のサヴァンナ・フィルハーモニック音楽&芸術監督就任が決まったのと前後して、日本各地の交響楽団へ客演指揮する機会が急増してきた。

全米メジャーや欧州の名門で固定ポストを得たことが条件とすれば、日本が生んだ世界的マエストロ第1号は原田より50年年長の小澤征爾だ。

天衣無縫といえる小澤の流儀はインテリ層の西洋輸入芸術崇拝と教養主義、日本楽壇の厳しい上下関係などの間で摩擦を起こした。1961年にNHK交響楽団(N響)の指揮者に招かれたが、翌年スピード辞任。「日本では二度と指揮をしない」と心に決め、渡米した。ボストン交響楽団音楽監督(1973~2002年)在任中の日本ツアー記者会見では「最近は円が強くてね。レコードもCD時代になったら日本が世界の中心になりました。僕が死に物狂いで手に入れた国際人(コスモポリタン)のパスポートを生まれながらに持つ若い人たちが、欧米での勝負の道半ば、稼げる日本へ戻ってしまうのは、どうかと思いますよ」と、珍しく本音を漏らした。

ハイティーンで自ら退路を断ち、欧米で〝武者修行〟を続ける原田は少数派なのだ。N響デビューは2019年8月3日、ミューザ川崎シンフォニーホール主催の「フェスタサマーミューザKAWASAKI2019」の一環で実現。人気ピアニスト、反田恭平をソロに迎えたガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」など華やかな選曲でN響から高い熱量を引き出した。アンコールはアルゼンチンの作曲家ヒナステラの「マランボ」。ベネズエラから世界に羽ばたいたグスターボ・ドゥダメルの熱狂的な指揮で現代に蘇った1941年作曲の舞踊音楽だ。

原田はなんと日本楽壇〝保守本流〟のN響に立奏(立って弾く)を求め、子どもっぽさの残る日本語で「一緒に踊ろうよ!」と提案した。立奏はOKでも踊りは「恥ずかしい」と辞退されたが、ホールの熱狂は頂点に達した。翌日のNHKホールでは楽員側から「昨日の川崎では欲求不満が残りましたので、今日は踊らせていただきます」と、まさかの逆提案。小澤の「N響事件」当時とは、全く別の時代が訪れた。

新型コロナウイルス禍で日本の楽団も公演中止に追い込まれた最中の2020年3月14日、原田はピアニスト金子三勇士とともにミューザ川崎で東京交響楽団(東響)の無観客ライヴ、動画配信に臨んだ。アンコールは川崎市出身の坂本九が歌った「上を向いて歩こう」の弦楽合奏。大きな反響を呼んだ。

川崎市はミューザが本拠の東響と新たな協定を結び、さらなる無観客ライヴ配信を通じて集めた寄付金と同額の公的補助に乗り出す。その初回、6月23日の「サウンド・オブ・ミュージック」(ロジャース&ハマースタイン)メドレーの指揮も「21世紀のお祭り男」原田が担った。(敬称略)■