第2回
名ヴァイオリン・デュオが日本の旅
ドイツのヴァイオリニストでミュンヘン音楽大学教授も務めるインゴルフ・トゥルバンと、ドイツ人と結婚した日本人ピアニストのサヴァリッシュ朋子による室内楽デュオの日本ツアー(2019年10月)の企画制作に携わり、取材と通訳を兼ねて各地の公演先に同行した。
トゥルバンは1964年ミュンヘン生まれ。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の名コンサートマスターとして敬愛されながら、ザルツブルク音楽祭期間中に山道から滑落、非業の最期を遂げたゲアハルト・ヘッツェルの薫陶を受け、21歳のとき、伝説の巨匠指揮者セルジュ・チェリビダッケからミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに招かれた。チェリビダッケがシベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」の解釈をめぐり、アンネ=ゾフィー・ムターと衝突して降板させた際は代役を引き受け、鮮烈なソリスト・デビューを飾った。
切れ味の鋭いテクニックで朗々と楽器を鳴らし、スケール雄大なトゥルバンは瞬く間にドイツ屈指のヴィルトゥオーゾ(名手)として頭角を現し、パガニーニをはじめとする超絶技巧曲のスペシャリストとも目された。ニューヨーク・フィルハーモニックとパガニーニの協奏曲全曲を演奏した輝かしい実績もある。
実姉はドイツ語圏で人気のあったテレビ女優、ディートリンデ・トゥルバン。2014年に没した米国の名指揮者ロリン・マゼール最後の妻として、亡夫が設立した音楽財団を切り盛りしている。インゴルフはマゼール、チェリビダッケと芸風では対極のマエストロ2人のごく近くにいて、一ヴァイオリニストの枠には収まらない様々な音楽のアイデア、現場経験を蓄えてきた。
「もうコンサートマスターには戻らない」という。若いころ相当の「イケメン」だったが、ソリストの華々しいスター街道とも次第に距離を置き、教育と演奏、ソロと室内楽などのバランスを巧みにとりつつ、音楽の本質を究める道を選んだ。
2006年まではシュトゥットガルト、以降はミュンヘンの音楽演劇大学で教授を務め、鈴木舞をはじめとする日本人の生徒も数多く教えてきた。
19年にはヴァイオリン学習者には欠かせないクロイツェル作曲「42の練習曲集」のトゥルバン校訂版をドイツの楽譜出版社ヘンレから出版する一方、ミュンヘン近郊に学生が宿泊できる施設も備えた自宅を新築した。「ローンを返すためにも長く働かなければなりませんが(笑)、信じる道を静かに歩んできたおかげで、同僚の多くが指や肩、あるいはメンタルに何かのトラブルを抱えるなか、私は心技体とも55歳の今、人生で最もバランスがとれていることに感謝します」
素顔のトゥルバンは気さくで明るく、子どもの心も一瞬につかんでしまう。日本酒をこよなく愛する好人物とのツアーは絶えず、ジョークと笑いに包まれて終わった。■