通奏低音
「ホール音響のマエストロ」と福山の絆 通奏低音
      2023年1月21日、「オーケストラ福山定期」の記者発表に臨む豊田泰久ふくやま
      芸術文化財団理事長(左)と井形健児・広島交響楽団事務局長(撮影=池田卓夫)

第20回

「ホール音響のマエストロ」と福山の絆

プロ楽団が加盟する日本オーケストラ連盟の正会員は25団体、準会員の15団体を足しても都道府県数の47に届かない。東京、名古屋、大阪の3大都市圏への偏在を考えると、まだ交響楽団の存在しない県庁所在地の数の方が多い。各オーケストラは文化庁などの助成で本拠地以外に出かける機会もあるが、公演頻度はとても低く、選曲も誰でも知っている名曲に偏りがちなのが実態だ。

今や音響デザイナー(アコースティシャン)として世界的知名度を獲得、「音楽ホールのマエストロ(巨匠)」と呼ばれる豊田泰久(1952~)は中学生だった1960年代末、出身地の広島県第2の都市、福山で岩城宏之が指揮するNHK交響楽団の生演奏を聴き、すごく感激したことを今も思い出す。だが「次の公演が1年先だったら、忘れてしまう人の方が多い」のも当然で、今は「次々に聴ける態勢を整えない限り、聴衆の層は厚くならない」と確信するに至った。

2020年に長年の米国生活を終え、日本に帰国した豊田は故郷の強い要請を受け、2021年6月に公益財団法人ふくやま芸術文化財団の理事長に就いた。同財団が指定管理者を務めるリーデンローズ(ふくやま芸術文化ホール)は「多目的ホールであっても、特に大ホールでは、オーケストラを良い音で聴けるだけのサウンドを実現する」と豊田が音響設計を手がけ、30年前に完成した〝作品〟だ。1986年のサントリーホール開場から8年、福山の直後にも京都コンサートホール(1995年)、札幌コンサートホールKitara(1997年)などが続き、豊田の名声が揺るぎないものとなる時期の仕事だった。

リーデンローズの運営を委ねられた豊田は「オーケストラ福山定期」と名付けた壮大な計画を立ち上げた。「本来ならここにプロのオーケストラがあれば良いのですが、ないので他の街から呼ぶことにします。新幹線で日帰りできる距離にあり、できれば自分が音響を担当したホールで演奏しているオーケストラを招きたいと考え、県庁所在地の広島交響楽団と京都コンサートホールが本拠(フランチャイズ)の京都市交響楽団の2団体に白羽の矢を立てました」。東京のオーケストラの定期会員に近い頻度と感覚で接してもらうために広響、京響それぞれが自前の定期演奏会と同一のプログラムを携えて年間3回、リーデンローズを訪れる。うち各2プログラムは2日公演。初日が有料の一般公演で、2日目には福山市と隣接する府中市の中学2年生約5,500人を無料で招く。

広響の場合、広島市内に優れた音響のホールが存在しない悩みを長年抱えてきた。井形健児事務局長は「いつも福山で演奏するたび、ホールごと持ち帰りたい気分です。ただ資金の制約があり、自前の公演を打つのは年1回が精一杯でした。リーデンローズ主催の『オーケストラ福山定期』で定期的に演奏できるのは夢のような話です」と喜ぶ。初年度(2024年4月〜2025年3月)は4月に新しい音楽監督クリスティアン・アルミンク、2025年2月には札幌交響楽団首席指揮者を2024年3月末に退任する予定のスイスの名匠マティアス・バーメルト、同3月にガーシュインのスペシャリストの英国人ウェイン・マーシャルと、外国人指揮者3人を福山へ送り込む。

一方、京都市交響楽団は2023年4月に就任した初の女性常任指揮者、沖澤のどかの下で新たな展開に踏み出している。2024年1月21日にはリーデンローズで「ふくやま定期」の前哨戦に臨み、京都での定期演奏会と全く同じ曲目のフランス音楽の曲目を魅力たっぷりに聴かせた。とりわけタイユフェールの「ハープと管弦楽のための小協奏曲」は作曲家も独奏者(吉野直子)も指揮者(沖澤)もコンサートマスター(会田莉凡)も全員が女性と、ひと昔前の日本のオーケストラでは考えられない組み合わせだった。近藤保博エグゼクティブプロデューサーも「広響さんと一緒にシリーズを担い、新しい価値が生まれることを期待します。指揮者にも6月が元常任指揮者で2024年末引退を予定する井上道義、9月がびわ湖ホール芸術監督の阪哲朗、11月が沖澤と、京響にとってとても大事なマエストロを集めました」と、かなりの力の入れようだ。

ハープ独奏の吉野直子(左)と演奏の成功を喜ぶ京都市交響楽団常任指揮者の沖澤のどか
(2024年1月21日、ふくやま芸術文化ホール「リーデンローズ」大ホール。写真提供=ふくやま芸術文化振興財団)

初回の4月14日、アルミンクは広島での音楽監督就任披露演奏会と同じ曲目のベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》」(ティル・フェルナー独奏)、R・シュトラウスの「アルプス交響曲(アルペン・ジンフォニー)」を振る。特に「アルペン」は多数のバンダ(舞台外奏者)を交え、演奏時間50分を超える巨大編成の作品。リーデンローズの音響の真価が間違いなく発揮される瞬間だ。■