通奏低音
ウィーン対ベルリン・フィル、4年ぶり「東京場所」 通奏低音
               ウィーン・フィルの本拠、ウィーン楽友協会(ムジークフェライン)ホールで指揮する
               北オセアチア人トゥガン・ソヒエフ ©Terry Linke 撮影 (写真提供=サントリーホール)

第18回

ウィーン対ベルリン・フィル、4年ぶり「東京場所」

大相撲と同じように世界のオーケストラの番付があるとしたらウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団はさしずめ「東西両横綱」だろう。オペラが本業の国家公務員、ウィーン国立歌劇場管弦楽団の選抜チームであるウィーン・フィル、コンサート専業で自主運営のベルリン・フィルという違いはあるが、ともに19世紀の富裕市民社会を背景に演奏活動を本格化、中欧のみならず世界のクラシック音楽界の頂点に立つ2大オーケストラとして、絶妙のライヴァル関係を演じてきた。

2020年初頭に始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19 )の世界拡大(パンデミック)はヒト・モノ・カネの往来を大幅に制限した。ウィーン・フィルがオーストリア&日本両国政府の特例措置で日本公演を続行したのに対し、ベルリン・フィルは2019年のズービン・メータ指揮のツアーを最後に、日本から足が遠のいていた。

2023年11月。サントリーホールを舞台にしたウィーンVSベルリンの「フィルハーモニー東京場所」が4年ぶりに実現する。サントリーホール自身が招聘するウィーン・フィルは北オセチア人トゥガン・ソヒエフ(1977―)の指揮で11月12〜19日に4公演。フジテレビが招聘するベルリン・フィルは2019年から首席指揮者・芸術監督を務めるオーストリア国籍のユダヤ系ロシア人キリル・ペトレンコ(1972―)との組み合わせによる初めての日本ツアー。サントリーホールでは20〜26日に5公演を行う。

コロナ禍中、政府間の特別合意で実現した2020年ウィーン・フィル日本公演に同行したのがソヒエフと同じ北オセチアにルーツを持つサンクトペテルブルク・マリインスキー劇場の総帥、ワレリー・ゲルギエフ(1953―)だったという近過去の記憶は、もはや今昔の感に堪えない。2022年2月24日、ロシアが唐突にウクライナ侵攻を開始した際、プーチン大統領と極めて親しいゲルギエフは一切のコメントを拒否、ドイツのミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(ミュンヘン市直轄)の首席指揮者を解任されたほか、日本や米国など旧「西側」諸国での演奏活動を事実上封印された。

この時点でソヒエフはモスクワのボリショイ劇場音楽監督、フランスの国立トゥールーズ・キャピトル劇場管弦楽団首席指揮者を兼務していた。侵攻直後「私たち音楽家は平和の使者であり、愛するロシアの音楽家、愛するフランスの音楽家のどちらかを選ぶという不可能な選択肢に直面した今、ボリショイとトゥールーズ、2つの団体の職を即刻辞任することを決めました」と世界に発信した。2023年1月には長く良好な関係にあるNHK交響楽団へ客演、3月にはフリーの立場でトゥールーズの指揮台にも復帰した。

一方、ペトレンコの両親はユダヤ系で父はウクライナ人ヴァイオリン奏者、母はロシア人音楽学者。そろってユダヤ教徒で、旧ソ連時代には辛酸をなめた。ペレストロイカ(改革路線)の進展を見計らって1990年、一家はオーストリアに移住し国籍も変えた。

ベルリン・フィルを指揮する首席指揮者・芸術監督キリル・ペトレンコは
ロシア生まれのユダヤ人だけにウクライナとガザの「二重の悲劇」を憂える
©Chris Christodoulou撮影(写真提供=フジテレビ)

2023年10月10日。イスラム組織ハマスがガザ地区でイスラエルに対する大規模攻撃を開始した3日後のタイミングで、日本ツアーへ向けたペトレンコのオンライン・インタヴューが実現した。曲目やリーダーシップ論などの本題をたっぷり取材した後、「ウクライナとガザで目下、起きていること」へのコメントを恐る恐る切り出してみた。

ペトレンコの回答をそのまま、載せてみる。「これは本当に、悲劇としか言いようがありません。今起きていることは二重の意味で悲劇です。ご指摘のように私の父はウクライナ出身、母はロシア出身です。私も休暇をウクライナで過ごし、ロシアで音楽を学びました。かつては兄弟民族と呼ばれた2つの民族、歴史や宗教を共有してきたにもかかわらず、一方が他方、主権国家が主権国家を襲い、その存在を奪おうとするのは悲劇以外の何ものでもありません。そして、私の家庭はユダヤ教徒です。中東で起きたことはウクライナと違い、主権国家どうしの対立ではありませんが、同じように悲劇的です。私にとっては、二重の意味の悲劇といえます。でも歴史を振り返れば最終的には正義が勝つ、民主主義の勝利を信じます。今はウクライナの人々、ユダヤの人々をとにかく支援したい、彼らとともにありたいです」

2023年11月18日から25日にかけ9年ぶりの来日を予定していたイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団(ラハフ・シャニ指揮)は11月1日、公演中止を決定した。ソヒエフもペトレンコも、ともに重い十字架を背負いながらウィーン、ベルリンの日本ツアーを率いる。ソヒエフが指摘したように、音楽それ自体はどこまでも平和の行為であり、「両横綱フィル」日本シリーズのつつがない成功を祈らずにはいられない。■