その目線、仕草、立ち姿が

もう見られる人のものになっていて

その違和感が通る人を寄せつけんのだ。

ま、別れの季節だろう。

(いしいひさいち『ROCA吉川ロカストーリーライブ』No.96)

 

Aphorists

4コマ漫画のあの狭いスペースに、ギャグを毎日盛ってもう26年、1万回をとうに超えた朝日新聞の『ののちゃん』だが、ときに「意味不明」と貶す声も聞こえる。けれどそれは「いしいひさいちワールド」の奥深さを知らぬよそ者の口釈にすぎない。山田家の周りの住人たちは、映画『エブエブ』(Everything Everywhere All at Once)に負けないほど数多くの並行宇宙で暮らし、話の枝分かれが過ぎて、よほどのファンでもついていくのが骨になっている。

が、それもいい。八方美人より、時々出現する好きなキャラクターだけ追う楽しみもある。わがお気に入りは、隣のキクチ食堂で給仕のバイトをしながら、ポルトガルの歌謡曲「ファド」の歌手をめざす女子高生、吉川ロカである。街角で歌うこのストリート系ミュージシャンを、陰ながら庇う姐御肌の同級生、柴島くにじま美乃との掛け合いが笑える。

作者のファド熱が病膏肓やまいこうこうに入り、CoimbraだのMaria Lisboaだの原語の歌詞がフキダシに躍るようになって、熱烈なロカ・マニアと「???」の困惑派に分かれた。が、2012年3月に彼女のCDデビューの大ポスターが出現、めでたくプロになったらしい。それをもって「彼女の最終回」と作者も公式サイトで宣言した。が、その後も母校の学園祭に出演するなど姿がちらほら。そして構想10年、ついにスピンアウトを遂げた。

全編、ロカが主人公の単行本『ROCA吉川ロカストーリーライブ』を昨年、自費出版したのだ。やはりロカを愛する人にのみ通じる笑いにホッとする。往年の『がんばれ‼タブチくん‼』や『現代思想の遭難者たち』の滑稽は健在だった。ベルクソンは「笑いには反響が要る」と言ったが、確かに共同性、社会通念のないところにギャグは成り立たない。

華奢な容姿に似ず、朗々と声量豊かなロカに、スターダムの未来がおぼろに見えたところで、作者は柴島センパイに「別れの季節」と言わせる。それはまた、ロカへの未練を封じ、もう一度さよならを告げた作者のメッセージだったに違いない。(A)

吉川ロカ
                  作・湊 久仁子