Für uns alle

われら全員のため

 

(2022年Netflix版『西部戦線異状なし』より)

Aphorists

ハリウッド版の『西部戦線異状なし』(1930年)を見たのは、テレビの再放送だったか。トーキー初期の白黒で、戦場シーンがよくできているのに感心したが、いかんせん、ドイツ兵の台詞が英語なのが難点だった。原作者レマルクの戦場体験はごくわずかで、傷痍病棟に収容されて又聞きした挿話をもとにベストセラーを生み、英訳本が映画化されたのだから無理もない。彼より3歳年長で、14度の戦傷により最年少で青十字章プール・ル・メリットを受章したエルンスト・ユンガーの戦記『鋼鉄の嵐』とは、心肝を揺さぶる激情の深さが比べものにならない。

リメイクのテレビ版(1979年)もハリウッド製で、これも残念ながら英語。鬼瓦の古参兵、アーネスト・ボーグナインが魅力的だったが、隔靴掻痒の戦争映画の域を出られなかった。今回のNetflix版に至って、やっと本物らしいドイツ語版が実現した。ロケはチェコで行われたというが、西部戦線の激戦地となった北フランスの森と牧草地が美しく描かれ、対照的な灰色の塹壕と死屍累々の泥濘ぬかるみがリアルに再現されている。

暗闇を舞い降りてくる曳光弾、吶喊を挙げながらの肉弾攻撃、機関銃の乾いた連打音や戦車の轟音、全編に漲るのは恐怖である。長回しのワンショット撮影で塹壕戦を映像美にしてみせた映画『1917』へのオマージュが随所に見えるが、やはりこの恐怖感はロシアのウクライナ侵攻という現実に裏打ちされている。ひらひらと舞う蝶に手を伸ばす主人公に、狙撃の銃声が響きわたるハリウッド版の感傷的な結末は、今ではもう許されない。

ひとつだけ、怪訝なことがあった。第一次大戦の塹壕戦なのに、プロイセン兵の象徴だった頭頂部にスパイクの付いたヘルメット(ピッケルハウベ)を一人もかぶっていない。なぜだろう。定型のイメージを壊したかったのか。今も昔も、ウクライナであれどこであれ、戦場は敵味方の別なく、酸鼻ということか。主人公パウル・ボイマーが凝然と宙をみつめて呟くFür uns alleの、それが意味するところか。レマルクを踏み越えている。■

 

われら全員のため
                  作・湊 久仁子