Zu Asche, Zu Staub 

(灰へ、塵へ)

 

(Babylon BerlinMario Kamien & Nikko Weidemann作曲)

Aphorists

低音でドスの利いたドイツ語の歌に痺れる。原罪を犯したアダムが、エデンの園追放と有限の人生を告げられる創世記の「土は土に、灰は灰に、塵は塵に」に由来する。虚無感の漂う歌詞は、ドイツ製作の連続ドラマ『バビロン・ベルリン』で男装の麗人セヴィリヤ・ヤヌシャウスカイテが歌っていた。

ワイマール共和国末期のミステリーで、ナチス台頭前夜の暗いベルリンが舞台である。この暗澹たる閉塞感にデジャヴ(既視感)を覚えるのは、時代の人となった元兵士、エルンスト・ユンガーの『ガラスの蜂』を邦訳したからだ。現にシーズン2では、陰謀をめぐらす野心家がユンガーを信奉し、左翼シンパの女学生がヴァルター・ベンヤミンの名をあげる。救いようのない価値の分断が今に通じると思った。

統一ドイツの“お母さん”メルケルの時代が過ぎ去った。欧州安定の象徴だったが、シリア難民受け入れで躓き、極右台頭で欧州連合(EU)の屋台骨が揺らいだうえ、最後はコロナと与党内の角逐に総選挙で与党が惨敗を喫した。新政権は第一党となったSPD(社会民主党)のシュルツ中心の連立だろうが、カリスマも突破力も望むべくもない。

翻って日本も、コロナ失政と五輪強行で不評の首相の首を挿げかえただけ。財務次官の「バラマキ競争」批判に耳を塞ぎ、つかのまの一時金で経済再建は口ばかりと、これまた総選挙の閉塞感は否めない。そこに響きわたる禍々しい「灰へ、塵へ」の旋律。コロナ第6波が来れば、ひとたまりもなかろう。

李白の詩に言う「同塵與灰」(塵と灰を同じうす)は、死ぬまで添い遂げるという意味だが、セヴィリヤの歌はいち早くdem Licht geraubt, doch noch nicht jetzt(光を奪われて、だが未だ来らず)と予言している。■

Zu Asche, zu Staub
                  作・湊 久仁子