世は歌につれ
海の男が母を恋う、鳥羽一郎の「仁」 世は歌につれ
         平成14年のNHK歌謡コンサートで、実弟の山川豊(左)と「海の匂いのお母さん」を歌う鳥羽一郎(YouTubeより)

第31回

海の男が母を恋う、鳥羽一郎の「仁」

おおっぴらにするのはいささかはばかられるが、実は鳥羽一郎の歌がかなり好きだ。昔からずっとそうだったわけではない。コンサートへ行ったことがあるわけでもない。気がついたらいつの間にか鳥羽一郎の歌をYouTubeで聴くようになっていた。若い頃遠洋マグロ漁船の船乗りだった彼は、そのまま海の男のイメージで2022年、70歳を超えた。

デビューしたときの「兄弟船」の強烈な印象はいまも消えない。やはり船乗りで病のために陸にあがった星野哲郎が詞を書き、盟友の船村徹が曲をつけた。生前、星野は私に「鳥羽の歌を最初に聴いたときはこれはだめだなと思ったよ」と語ったことがある。船の上で声を張り上げているだけでは、簡単には歌手にはなれまい。人知れぬ努力が鳥羽一郎を誕生させた。

「波の谷間に命の花がふたつ並んで咲いている兄弟船は親父のかたみ」。中高年の特に男性であればほとんどの人がこの歌を聴いたことがあるはずだ。私がテレビの報道番組のキャスターをしていたとき、ゲストに船村徹を招きギターの弾き語りをお願いしたことがある。「何か曲の希望は?」と訊かれたのでちあきなおみが歌い、その後鳥羽一郎が歌った「都の雨に」を頼んだ。

都の雨に詞・吉田旺曲・船村徹

 

故里を想いださせて

降りしきる雨は絹糸

帰ろうとおもいながらも

いたずらに時を見送り

待つ母にわびる明け暮れ

 

追いすがる母をふりきり

若さゆえ棄てた故里

人の世の夢にやぶれて

ふりむけば胸にやさしく

草笛の歌はよぎるよ

 

まごころもうすい都に

降りつづく雨は溜め息

ひびわれた心ひき摺り

うつむいて生きる夜更けに

ひとり聞く雨のわびしさ

曲名に母は入っていないが、すばらしい母の歌である。この番組放送からしばらく時間がたって、何かのパーティーで鳥羽一郎に声をかけられた。というよりは私の前に来て直立してお辞儀するのだ。どうしたのかと訝っていると、「この前はテレビに親父さんを出してくれてありがとうございました。そして『都の雨に』、ありがとうございました」と言った。これだけ言うのにかなりのエネルギーを消耗したような風情で、その朴訥さにこちらは感動した。

鳥羽の歌を聴くようになったのはそれからだと思う。鳥羽の「都の雨に」はちあきなおみとまた味が違ってすごくいい。「待つ母にわびる明け暮れ」などというくだりを海の男が歌うと心に沁みて来るのだ。

海の歌が似合うのは当然だが、私は鳥羽一郎の母の歌が好きだ。もっとも好きなのは「母のいない故郷」である。

母のいない故郷詞・新本創子曲・船村徹

 

母のいない故郷は風の村

無人駅に降りりゃ

子供にかえれない淋しさ

母さんのせいだよ

ただ時の流れにたたずむばかり

 

母のいない故郷は雪の村

暗い夜道走って

くぐり戸うしろ手に閉めれば

懐かしい囲炉裏ばた

ただほだ火とろとろくすぶるばかり

 

母のいない故郷は春の村

かごに草を摘んで

手拭いかぶってく村人

母さんに似てたよ

ただ後姿を見送るばかり

船村は鳥羽の歌い方が気に入らなかったようで「この歌はキミには合わないな」と何度も言ったという。鳥羽はその度にどうしても歌いたいとねじ込んだ。鳥羽のどこか田舎じみた歌い方が私は好きだ。早くに母を失った自分には、母に手を引かれて行った故郷山形の景色が浮かぶ。そして鳥羽の「母もの」でどうしても忘れてはならない歌がある。

海の匂いのお母さん詞・田村和男曲・船村徹

 

海の匂いがしみこんだ

太い毛糸のチャンチャンコ

背なかをまるめてカキを打つ

母さん母さんお元気ですか

案じております兄貴とふたり

 

海が時化しければ時化るほど

カキはおいしくなるという

母さんあなたの口癖が

土鍋を囲めばきこえてきます

やさしい笑顔が浮かんできます
 

遠く離れた子供らに

海の匂いをくれた母

わたしは手紙が下手じゃけと

母さん母さん黙っていても

伝わりますともあなたのこころ

この歌を聴くたびに鳥羽が母親木村はる枝さんの前で歌ったテレビ番組を思い出す。志摩地方で海女として海にもぐっていた母親は、この歌の母そのままだ。鳥羽と弟の山川豊がこの歌を歌ったとき、山川は母さん母さんのくだりで泣き崩れた。

この二つの番組の司会をし、いま鳥羽の「デビュー40周年記念コンサート」の司会をつとめている元NHKの宮本隆治に鳥羽について何か、と求めたらこんなコメントが返ってきた。

「剛毅朴訥仁近し」これが鳥羽の魅力だと宮本は言う。

解釈すれば、朴訥だが剛毅、これはもう仁そのもの、という意味である。コメントは続く。「寡黙ゆえ、発せられた言葉に重みがあります。最近、強い意志で酒を止めました。毎日、四股を100回、健康自転車を4、5時間こいでいます。長男木村竜蔵作詞・作曲、次男木村徹二歌唱の『二代目』を聴く鳥羽さんは相好を崩します。乗組員が二人増えた『父子船』、一郎船長の舵取りに期待しましょう!」。次男の木村徹二がちょうどこのコラムが世に出るころに演歌歌手デビューする。現代的なイケメンだが、さすがに鳥羽一郎、山川豊の一族だけに歌はしっかりしている。

二代目詞・曲木村竜蔵(長男)

 

男一代築いた技術わざ

ぬすむ気概で食らいつく

言葉少なに黙々と

そんな姿を刻む日々

俺は二代目継いだ心意気

命を削って腕を磨くのさ

いつか師匠おやじ超えてやる

たくさんある鳥羽一郎の母の歌の中に吉幾三作詞の曲がある。

母よ詞・吉幾三曲・島根良太郎

 

どこか遊びに行けばいい

母へやっとこ云える様に

なった俺みてほほえんで

ここで「いいよ」と背をむけた

瀬戸の大橋渡ってよ

こんぴら参りに行ってこい

せめてわずかな夢荷物

苦労まみれのなあ母よ

鳥羽一郎の歌を聴きながら考えた。いま流行の点数の出るカラオケで鳥羽が自分の歌を歌っても90点は出ないだろうな、と。鳥羽の歌で100点出せる素人は必ずいると思う。だけど、その人が「海の匂いのお母さん」を歌うのを聴いても絶対涙は出ないだろう。AI人工知能が採点できないようなもの、それが個性であり、聴く人の心を揺さぶる。そういう歌い手がこのごろ少なくなってきたと思う。詞の言葉とメロディーとうまい歌い方だけでは心を打たない。歌っている歌手の生き様がどこかで滲み出て来なければ感動は生まれない。鳥羽の、言葉では言い表せない「朴訥」がわれわれの魂をゆさぶるのだ。■

 

Editor at largeのひとこと

本コラムの筆者がえらく慎み深いので、ひとことだけお知らせしておこう。田勢さんが代表の一般社団法人「心を伝える歌の木を植えよう会」が内閣府などの後援で開いている「全日本こころの歌謡選手権」決勝大会が、10月30日に福島市で無事開かれた。

「無事」というのは、第1回が2016年、第2回が18年と2年おきの開催だったのに、第3回はコロナ禍と重なって20、21年と延期になり、今年は第7波が収束したおかげでようやく、「地方創生復興支援チャリティ」と銘打って福島で初の地方開催にこぎつけたからである。

このイベントは「歌謡曲ルネサンス」をめざす田勢さんの情熱の賜物だが、裏はさぞかし大変だったろうと思う。そのサイトでは本コラム「世は歌につれ」のリンクも張っているし、一人でも多くの人に関心を持ってもらおうと、「世は歌につれ」でも宣伝の一環として大会のことに触れるかと思っていた。ところが、案に相違して売り口上には禁欲的だったので、残念ながら大会に参加できなかったEditorがここで罪滅ぼしに報告しよう。

第3回「全日本こころの歌謡選手権大会」決勝後の記念写真(左から3番目が田勢さん)

決勝には二度のテープ予選(嗚呼、ソーシャル・ディスタンス!)で選ばれた22人が臨み、「はたちの手紙」を歌った大阪府の船堂美嘉さんが「こころ歌大賞」を受賞した。伴奏は陸上自衛隊東北方面音楽隊。司会は本文でも鳥羽一郎についてコメントしている元NHKの宮本隆治である。

しかもゲスト出演した小田純平、清水博正、新田晃也は本コラムでも登場した面々で、あさみちゆきは東京・井の頭公園のストリートライブで有名になった女性歌手。ある意味で「田勢組」と言っていい顔ぶれだった。とにかく、「歌謡曲ルネサンス」はまだこれから。田勢さん本人に代わって、よろしく応援をお願いします、と申し上げたい。(A)

 

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