世は歌につれ
君が代も歌いこなせる「うまさ」 世は歌につれ
ユニークな「君が代」を歌ったMISIA(左)と玉置浩二(右)=YouTubeより

第19回

君が代も歌いこなせる「うまさ」

歌がうまいというのはどういうことだろうか。うまい歌とそうでない歌の境界線はどこで、何によって判断されるのだろうか。カラオケの機器では歌のうまさが点数で表示される。最近はAI(人工知能)で判定する歌番組が人気だ。有名な歌手がヒットした自分の歌をいつもの通り歌う。100点満点で出てくる点数が70点台などということもある。逆にプロではない人が100点を出して賞金100万円を手にしたりすることも珍しくない。

どんな歌を歌ってもその歌を歌っているプロの歌手よりうまいと思われる人が全国にはたくさんいる。YouTubeでこういう人の歌を簡単に聴くことができる。このような人が本格的にプロ歌手としてデビューし、新曲を歌うと、思うほど評判にもならずに売れもしないということがよくある。

おそらくそれはこういうことではないだろうか。プロ歌手が歌う歌には手本がある。その手本を覚えてそれに自分の味をつけて歌うと実にうまく歌える。ところが自分だけの新曲には手本がない。その差ではないだろうか。カラオケで高い点数を出すための歌い方というものがある。音符に忠実に歌うことや、サビの部分の盛り上げをなるべく長く音を出すとか、マイクを口の正面に直角に向けて歌うとかさまざまなテクニックがあるようだ。プロの歌手が自分の持ち歌で高い点数が出ないのは、100点に届かない分だけそれがその歌手の個性なのだと思う。

私も歌うがだれかに歌を習ったことは一度もない。でも頼まれればステージでも歌うし、テレビの自分の報道番組でも作曲家弦哲也さんのギターで「北の旅人」を歌ったこともある。どうにもならないほど下手だとは思わないが、すごくうまいというほどではないだろう。ほかの誰の歌い方とも違う歌い方で歌う。うまく歌おうなどと思わない。ただ、心を伝えたいと思って歌う。

私が主宰する「全日本こころの歌謡選手権大会」は来年(2022年)10月30日に福島市のとうほう・みんなの文化センターで第3回の全国大会を開催するが、そこではいかに個性的に歌うか、いかに心が伝わったかを軸にして審査する。歌う歌は私たちが制作した課題曲の中から選んでもらい、カラオケではなく陸上自衛隊東北方面本部音楽隊の演奏で歌ってもらう。そのためにこれまでも他の歌の大会で優勝した人が予選で落ちるというようなこともあった。「どうして落とされたのか」と問い詰められたことも何回かある。

長い間、たくさん歌を聴いてきた。いわゆる大衆歌謡の分野でこの人は天才的だな、と思った歌い手も少なからずいた。思いつくままに名前をあげてみる。まずはだれもがうまいと評価する玉置浩二。井上陽水のバックバンド安全地帯のころから抜群にいい声だなと注目していた。何かのセレモニーで彼が国歌を歌ったのをテレビで見て驚いたことがある。一瞬、何の歌だろう、と耳をそばだてた。少し君が代とは違う歌に聞こえるがすばらしいのだ。

歌い方でいうと石原裕次郎、陽水、松山千春、ASKA、森進一、清水博正、小田純平。シンガーソングライターでいうと天才だと思うのは吉幾三、さだまさし、小田和正、忌野清志郎。

女性でいえば圧倒的にうまいのは美空ひばり、ちあきなおみ、都はるみ、藤圭子、MISIA、高橋真梨子、宇多田ヒカル、島津亜矢、神野美伽。総合的には中島みゆき、山崎ハコ。

好きな歌手ということでいえば矢吹健、五木ひろし、鳥羽一郎、大川栄策、島倉千代子、八代亜紀、大月みやこ、キム・ヨンジャ。

新しい歌を覚えようとするとき、プロの歌手はどのような手順で自分の歌にしていくのか。私もいろいろな歌手と接点があるが、一番長い島倉千代子のケースを紹介してみる。彼女の場合はずっとコロムビア・レコードの所属だったので、担当者から新曲の歌詞と楽譜を渡される。まず、歌詞を紙に何度も書き写す。そうして歌詞を味わいながら覚えて行く。それから楽譜を書き写す。出来合いの五線譜に音符を書くのではなく、白紙に線を引いて音符を載せていく。自宅のピアノで鍵盤を叩いてメロディを頭に叩き込む。それからコロムビアのスタジオで作曲家のピアノに合わせて歌ってみる。いまは楽器ごとに録音し、歌声も別に録音したものを部分的に切り貼りしてレコーディングを完成させるやり方が一般的だ。

昔はバンドの演奏と歌手が同時に歌い録音するいわゆる「同録」と呼ばれる方法が圧倒的だった。この同録の最後と言われるのが美空ひばりが病み上がりで歌った「みだれ髪」である。ひばりスタジオと呼ばれたスタジオはもうない。ひばりは一度歌ってみて、二度目には録音したという。いまでは考えられないことだ。そのとき立ち会った作曲の船村徹、作詞の星野哲郎両氏から話を聞いたことがあるが、あれほど緊張したレコーディングは経験したことがないと口を揃えた。

日本の音楽業界にも変化の波が押し寄せ、いわゆるCDの売り上げが激減し、コンサートなどのライブの売り上げが増えている。ということは歌手の歌の実力がこれまで以上に問われるということだ。国際比較をすると日本の歌手の歌唱力は決して高いとは言えない。これからは世界で勝負できる歌手をどれだけ誕生させられるかである。「釜山港へ帰れ」などで知られた日本では演歌歌手と思われている韓国のチョー・ヨンピルはいまや米国でトップクラスのロック歌手である。CD売り上げ枚数と紅白歌合戦の出場回数だけを物差しにしているようではダメなのである。(敬称略)■

 


Editor at largeのひとこと

玉置浩二が「君が代」を独唱したのは、2014年7月13日の札幌ドーム、日本ハム対ソフトバンクの「WE LOVE HOKKAIDO シリーズ 2014」の試合前セレモニーである。玉置自身が旭川出身という地元の縁で呼ばれたらしい。妻の青田典子(元「C.C.ガールズ」)も始球式を行っている。YouTubeでその画像をみると、栗山監督のほか、渡米前の初々しい大谷翔平や、2か月後に現役を引退する稲葉篤紀の顔が見えて懐かしい。いわば日本ハム全盛時代に、ホームグラウンドで君が代を歌う栄に浴した。

玉置はささやくようにシンコペーションをずらして歌いだす。球場はまだざわめいているが、高音で「や~ち~よ~に」と声をはると、もう後は玉置の独壇場となってしまう。

カラオケ音痴の私が、よんどころなくマイクを握らされたとき、どんな選曲をしたか。実は窮余の一策の秘伝がある。あえて玉置の「ワインレッドの心」を選ぶのだ。もちろん、キーが高くて歌えるはずがない。「いま以上、それ以上」の高音で声が裏返り、口をパクパクさせて溺れた金魚のようになる。そこで「やっぱ無理だ」と、歌える人にマイクを渡して降板する。その音痴ぶりを気の毒がって、あとはご指名がかからない。めでたし、めでたし。

君が代に話を戻すと、東京五輪開会式で観客のいない新国立競技場に朗々と声を響きわたらせたMISIAに尽きるだろう。これもYouTubeにNHKの画像がある。たぶん、半年前のバイデン大統領就任式で歌ったレディー・ガガの米国国歌をかなり意識したのだろうと思うが、あの退屈きわまりない陳腐な演出の五輪開会式で、とってつけたような「イマジン」より、唯一聴くに堪える音楽になっていたと思う。

フランス国歌のような勇ましい「ラ・マルセイエーズ」のマーチと違い、荘重だがリズムの乏しい君が代は、かなり歌いにくい部類の国歌ではないか。音階は壱越調(呂旋)らしい。玉置節はそれをシンコペーションにしたが、MISIAはこのハ長調かニ短調か揺れて判然としない歌を、移動ド唱法で乗り切った。MISIAはフジ・ロックでも君が代を歌って、反体制のロックを汚したとブーイングを浴びたが、アホかと思う。ジミー・ヘッドリックスがエレキで弾いた、耳をつん裂かんばかりの米国国歌を知らないか。

日本ハムは3季連続の不振で監督が交代、常識破りのド派手な新庄剛志監督が登場した。計算された記者会見の演出で世間の注目度が一気に高まったが、さて、来年の「WE LOVE HOKKAIDO シリーズ」は誰がどんな君が代を歌うのか。勝負は勝って何ぼ、の世界とはいえ、新しい楽しみが増えた気がする。(阿部重夫)