世は歌につれ
顔も出さぬ脱力派がプロを凌ぐ ⑱ 世は歌につれ
「SSW」(YouTube Music より)

顔も出さぬ脱力派がプロを凌ぐ ⑱

人々が口ずさみ、癒やされ、時代の記憶とともに心に残る歌、古い言葉で言えば大衆歌謡というのか流行歌というのか、そこに地殻変動が起きている。少なくとも昭和歌謡の時代の筆者にはそう見える。「最近の若い人の歌は何を歌っているのか、どこがいいのかさっぱりわからない」という声は中高年齢層からよく聞くが、とりあえず聴き始めようと考えた。そして驚いた。コレサワという女性シンガーソングライターがいる。「SSW」という歌の一部、「そんなあたしはシンガーソングライター君にフラれたくらいで生きる意味なくしたりしないよ全部ネタにするから君にたくさん大好きと伝えてたこの声で歌うの」

熱狂的なファンに囲まれ、いまや教祖的存在だ。その影響を受けたという「ひらめ」という名の女性歌手。いつも魚のひらめの面をかぶって弾き語りをしている。その歌「ポケットからきゅんです!」の「きゅんです」は若者の流行語にもなった。「ポケットからきゅんですえ何落としたのきゅんです君がくれたきゅんですでも君にあげられなくてシュンです」。どこにも力の入っていないささやくようなそれでいて忘れられなくなるような声である。

「もさを。」という名の男性シンガーソングライターがいる。スマホなどで見られる動画に15秒の歌を投稿したところ一ヶ月で数億回聴かれるという大ヒットとなった。「ぎゅっと。」「あなたの大きな身体でぎゅっと抱き寄せて離さないで柔らかくて優しい声であたしの名前を呼んでそれだけで私は幸せだからひとつ願いが叶うのならあなたとこれからもずっとずっと隣に居れますように」。やさしい声で女の子の気持ちを歌う。コロナ禍でもっとも若者の心を掴んだ曲の代表だろう。

彼らは街頭で歌っていたり、あるいは自室でポロンとギターを弾いて曲作りをしたり。有名になって紅白歌合戦に出ようなどと考えている若者ではない。自分の周り10メートルぐらいの私的な世界での恋心を、思いついたままの言葉で綴る。だからプロの作詞家のような「歌詞は出だしの2行で決まる」(作詞家阿久悠)というようなものではないし、曲名だって「SSW」(シンガーソングライター)のようにあっさりしている。共通しているのはテレビにはほとんど出ないし、顔出しもしない人が多い。本名や経歴も明らかにせずに、それでいて熱狂的ファンに囲まれている。

若い世代を中心にした大衆歌謡の地殻変動は職業としての音楽家に大きな打撃となっている。以前はこうだった。歌手であれば歌のうまい若者が上京して作曲家の内弟子になったり歌謡番組などで入賞したりしてレコード会社に認められる。ヒットすれば数々の賞をもらい紅白歌合戦に出場となれば、まずは歌手として食べていける。レコード会社は2匹目3匹目をねらい、作詞家数人に詞を依頼する。あるいは売り込んできた詞の中から探す。選んだ詞を作曲家にファクスして曲の付くのを待つ。出来上がったら編曲し、レコーディング。レコード会社から提出された新曲リストをもとにレコード大賞などの受賞作が決まる。この工程がいま崩れつつある。CDの売上何枚という時代は過去のもので、だいたいCDが売れない。

シンガーソングライターは作詞も作曲も、あるいは編曲も演奏もボーカルも一人で済ます。他の職業音楽家は入り込む隙間がない。CDも作らず、投稿、配信、ライブが中心だ。

すなわちプロの作詞家・作曲家などの職業的音楽家には仕事が激減する時代になっているのだ。これまで名だたる作詞家が名曲を書いてきたが、いまは作詞家を目指す人、とくに男性は著しく少なくなっているらしい。その理由をある女性作詞家から聞いた。「仕事が少ないだけでなく、作詞の注文が来たらすぐに駆けつけられるようにしていないとチャンスは来ない。男性は仕事を持っている人が多いのでそれができなくてあきらめてしまう」。

たしかにと思う。私も作詞家の端くれだが、それで生計を立てているわけではなく道楽のようなものなのでそんなものか、と呑気に構えている。でもアルチザンというか職人技でしかできない歌もある。詞を読んだだけで身体が震えるような経験をしたことも何度かある。古くは西条八十、サトーハチローから始まり星野哲郎、石本美由起、たかたかし、松本隆、阿久悠、秋元康に至るまで大物の作詞家が君臨していた。かつて作曲家の船村徹と雑談していた時、こう訊ねた。「うまいな、と思う作詞家はだれですか」。ちょっと首をひねって「吉田旺さんかなぁ」。

2020年12月、BSテレビ東京の生放送で歌われた
「なごり歌」で第53回作詞大賞を受賞した吉田旺
(🄫テレビ東京/BSテレビ東京)

吉田旺に「冬隣」という歌がある。冬隣(ふゆどなり)は秋の季語で、まもなく冬という季節である。作曲は杉本眞人、歌うのはちあきなおみ。

冬隣

あなたの真似してお湯割りの

焼酎飲んではむせてます

つよくもないのにやめろよと

叱りにおいでよ来れるなら

地球の夜更けは淋しいよ…

そこからわたしが見えますか

この世にわたしを置いてった

あなたを恨んで呑んでます

 

吉田旺にはこのほかに「喝采」「紅とんぼ」などちあきなおみの歌が多い。現在80歳、最近は「俺でいいのか」(作曲徳久広司)という坂本冬美の歌を書いた。名だだる作曲家・作詞家にとって代わる次の世代が出てくるのだろうか。それでなくともコロナ禍はカラオケ中心の歌謡世界を根底から揺さぶっている。(敬称略)■

 

 

 


Editor at largeのひとこと

パチンコ屋の店頭に万年はためいている「新装開店」のノボリではないが、「ストイカ」に引っ越しした「世は歌につれ」は、今回が正真正銘の「新装開店」の18回目である。過去17回は本サイトのアーカイブスに保存してあるので読み直しは自由です。ただの引っ越しでは芸がないと、各回に本サイト編集人が、茶々を入れていくことにした。田勢さんと違って生来の「カラオケ音痴」なので、漫才風にボケで合いの手をいれる趣向である。

さて、「新装開店」の初回は、名前を聞いたこともない「コレサワ」「ひらめ」「もさを。」など、素人なのかプロなのか判別不明のシンガーばかり。おやおや、田勢さんも人が悪いな。慌ててYouTubeを検索したのはEditorばかりではないだろう。どこにでもいそうで、どこにでもありそうな日常、顔出しすらしない空気のような存在。それがなぜかネットで大ヒットしているのを、ソーシャル・ディスタンス時代の必然と見立てる趣向か。

だが、はじめて聴く歌詞は、ありふれているとはいえない。アニメ風の「SSW」は元カレへの恨み節をコミカルに歌い飛ばすが、そのレトリックはしたたかに計算され尽くしているとみた。プロ音楽家の職人芸が「終わコン」にみえるのは、CD販売より個人の投稿、配信、ライブが中心となってきたからというより、むしろ素人を装ったこの「カマトト」シンガーたちの歌詞が、旧来の歌謡曲コードを超えたレトリックを獲得し始めたからと思える。

孤立したひとりひとりの内省が、プロの特権的な空間を侵食している。コレサワの「この恋はスクープされない」は「あたしたちのことなんて誰も知らないから」だ。胸がひやりと冷たくなる。ジャーナリストも他人事ではない。お互い誰も知らないから、素人はなんでもネタにできるが、プロにはスクープなんてありえない――ここでも我々は絶滅危惧種かと思ってしまう。

田勢さんは明らかに吉田旺のような職人の至芸にノスタルジーを覚えている。だが、どこからともなく吹きだしたユビキタスの風に、ぼんやりとした不安を感じる。歌謡曲もコテコテの閉じた世界ではない。しかり、それは正しい、さはさりながら……。(阿部重夫)

 

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